屋台になったキャンピングカー
葉月野宗弥がキャンピングカーの保管場所へ行くと、車内から油の臭いがした。
床にはソースの跡、天井には煤、シンクの排水口には固まった脂。助手席の窓には、剥がしきれない屋台メニューの糊が残っている。
持ち出したのは友人の烏丸森颯介だった。
「週末のキャンプに借りただけ。友達なんだから、使ってない車を回すくらい普通だろ」
宗弥は貸していない。颯介は以前、車内を見学した際に予備キーの保管場所を覚えていた。
実際にはキャンプではなかった。
颯介は河川敷の音楽イベントへ車を持ち込み、無許可の移動屋台として揚げ物を販売していた。家庭用コンセントへ業務用フライヤーを接続し、換気扇を止めたまま油を熱したため、配線が焼け、壁材へ臭いと煙が染み込んだ。
「売上は十万円しかない。中古車なんだから掃除代で済むだろ」
宗弥は車両の遠隔管理記録を開いた。
エンジン始動、走行経路、外部電源の異常、煙検知器の警報。颯介は警報が鳴るたび電池を外し、販売を続けていた。イベント配信には、〈友人の高級車を無料で店舗化〉と笑う姿も映っている。
車は翌月、福祉施設の子どもたちを乗せる旅行へ無償提供する予定だった。内装は防炎材ごと交換が必要となり、修理見積もりは四百二十万円。旅行は代替車両を借りて実施することになり、その費用も加わった。
さらに保健所は、届出のない飲食営業と衛生設備について調査を始めた。イベント主催者も、車両所有者の許可があると聞かされており、颯介へ損害を請求するという。
颯介は宗弥へ言った。
「車を俺に売ったことにすれば、無断営業じゃなくなる。友達価格で名義を変えてくれ」
「壊したあとで買ったことにはできないよ」
示談では、内装修理、電装交換、代替車両、清掃、福祉施設への追加費用が認められた。颯介はイベント売上と預金を充て、残額を分割で支払う。飲食営業アカウントも停止された。
修復後、車内の最初の乗客として子どもたちが乗り込み、遠隔管理画面から颯介のキーが削除された瞬間、無料の屋台にした男には、二度と乗れない車の改装費だけが残った。