履歴書に足した一行
遠野小夜は、転職の最終面接で一枚の画像を差し出された。
碧い群星というアイドルグループの複雑な投票制度を、一目で分かるよう整理した図だった。右下にはファンアカウント「眠らない栞」の署名がある。
「これを作ったのは、遠野さんですか」
小夜は広報職を志望している。職務経歴書には、会社で作った資料と自主制作の架空広告を載せた。しかし「眠らない栞」の活動は書かなかった。趣味の熱量を採用の場へ持ち込めば、幼稚だと思われる気がしたからだ。
否定することもできた。だが面接官の机には、小夜が試験で作った図解が並んでいる。余白の取り方も、矢印の形も同じだった。
「はい。私です」
声を出した瞬間、顔が熱くなった。
面接官は画像を裏返した。
「担当者が、情報整理の上手な例として社内チャットへ共有していました。作者を確認せず使ったことを謝ります」
質問は、フォロワー数でも推しの名前でもなかった。誤情報が出たときどう訂正したか、読みにくいと言われた図をどう直したか、感情の強い読者同士をどう誘導したか。小夜は仕事の経験より具体的に答えられた。
発売時刻を一分誤って記載した際、拡散された画像をすべて追うのではなく、訂正版へ誘導する固定投稿を作ったこと。色覚の違いを指摘され、色だけに頼らない記号へ直したこと。趣味だからこそ、怒らずに待ってくれる上司も締切を延ばす取引先もいない。その場で身につけた判断を、小夜は初めて実績として語った。
帰宅後、採用の連絡が来た。理由には「自主的な情報発信と改善の実績」とあった。
小夜はすぐ承諾せず、職務経歴書を開いた。自主制作欄の最後へ、一行を足す。
〈ファン向け情報アカウント「眠らない栞」運営。図解制作、訂正管理〉
公開範囲や個人情報は、これからも分ける。けれど、培った力まで匿名にする必要はない。
修正版を送ると、面接官から〈こちらを正式資料として保管します〉と返ってきた。
小夜は画面の中で、本名と栞の名が同じ書体になっているのを、しばらく眺めた。