崖際の結び目
ヘクトは、縄を結ぶたび引っ張った。
急ぐ仲間を待たせ、濡れた繊維をほぐし、岩角へ布を当てる。結び目が完成しても、体重を預けて軋みを確かめる。
崖を渡るだけの仕事と見なされ、貢献は2%。隊長バルドスは谷を前に苛立った。
「結ぶ時間で敵を倒せる。遅い者は置いていく」
ヘクトは縄袋を返し、隊から離れた。自分の登攀具だけが向こう岸の荷物に残っていたが、取り戻すのを諦めた。
バルドスは見栄えのよい大きな結び目を作り、全員を渡らせた。中央まで進んだところで、岩角が縄を削った。
音もなく繊維が裂ける。
仲間は谷の上で宙吊りになった。バルドスは結び目を締め直そうと強く引き、かえって岩角へ縄を食い込ませた。
谷底から吹く風の中に、別の縄が飛んだ。
ヘクトだった。荷物へ残した登攀具が誰かの命綱になるかもしれないと思い、遠回りして崖下へ来ていた。
彼は大きな結び目をほどき、小さな輪へ力を分けた。岩角には外套を巻き、揺れる仲間へ順番ではなく呼吸を合わせるよう伝える。縄は細いまま、誰も落とさなかった。
地上へ戻ると、バルドスは古い縄が悪かったと言い訳した。
踏破腕輪は、縄の古さではなく負荷の流れを表示した。過去の崖、濁流、崩れた橋。切れなかった箇所には、いつもヘクトの布と結び目がある。仲間が勇敢に渡れたのは、落ちない根拠を彼が作っていたからだ。
救われた剣士は、腰の命綱を撫でた。これまで崖の途中で足がすくまなかったのは、自分の胆力だけではない。見えない場所でヘクトが結び目を確かめ、失敗しても止まる余裕を残していた。信頼は掛け声ではなく、縄の端に編み込まれていた。
バルドスは隊長権限で次の進路を決めようとした。地図は開かず、結索試験の案内だけを映した。
ヘクトは縄袋を受け取り、先頭ではなく、全員を見渡せる場所へ立った。
《踏破貢献・真正算定》
申告値:2% → 真値:97%
働き順位:首位 ヘクト
役割更新:縄係 → 踏破責任者
旧隊長バルドス:結索基礎担当