幸福を半分こ
瑠璃色の双子精霊は、幸福な記憶を複製できる。
ただし複製ではなく、実際には持ち主から食べて、別の心へ吐き戻すのだ。渡した者はその幸福を二度と思い出せない。
ネルマは寝台の脇で、二匹の精霊を掌に乗せた。
親友のセオは、感情を凍らせる呪いに触れてから、三か月笑っていない。医師は、心の底から幸福だった記憶を一つ呼び戻せば氷が割れると言った。
「本人の記憶でなくてもいい」
双子は同じ声で囁く。
「いちばん近くにいる者の幸福なら、心は自分のものとして受け取る」
ネルマには、渡せる記憶があった。
二年前、二人で初めて部屋を借りた夜だ。
古い屋根裏で、雨が降ると鍋を三つ並べなければならなかった。寝台は一つしかなく、窓は半分しか開かなかった。それでも、家族の決めた婚約から逃げてきたネルマにとって、鍵を自分で回した瞬間は世界を取り戻したようだった。
セオは市場で買った安い林檎酒を掲げて言った。
『ここでは、誰にも許可をもらわずに笑おう』
二人で床に座り、焦げた豆を食べた。雨漏りの雫が杯へ落ちるたび、味が薄くなると笑った。
あの夜の幸福が、その後の苦しい日々を支えてきた。
「これを渡したら、私は部屋のことを忘れる?」
「出来事は覚えている」
「幸福だったことだけ?」
「それが食事だから」
ネルマは迷った。
セオが目を覚ましても、自分だけが二人の始まりを愛せなくなる。あの鍵を大切に持ち続けた理由も、焦げた豆の味に笑う理由も失う。
けれど寝台のセオの睫毛には、白い霜が積もり始めていた。
ネルマは古い部屋の鍵を胸元から外した。
双子精霊が左右の手首に噛みつく。
雨音が吸われる。
林檎酒の酸っぱさが消える。
セオが「自由になったね」と泣き笑いした顔から、光だけが剥がされていく。
鍵はまだ掌にあるのに、なぜ二年も首から下げていたのか分からなくなった。
精霊がセオの唇へ青い息を吹き込む。
凍った睫毛が震え、彼女はゆっくり目を開けた。
「ネルマ」
最初に呼ばれた名は温かかった。
「覚えてる? 雨漏りの雫で、林檎酒が水になった夜」
ネルマは答えられなかった。
セオの頬を涙が伝う。その涙は笑っていた。
「私、あの夜があったから戻ってこられた」
親友の胸で、自分の幸福が脈打っている。
ネルマは意味の分からない古い鍵を握りしめ、初めて聞く思い出に頷いた。