弔辞の練習
彼の葬儀で、私は泣かなかった。
泣けなかった、と言うほうが正しい。祭壇の中央に置かれた写真は、彼が四十歳になった春、山頂で撮ったものだった。眩しそうに目を細め、こちらへ手を伸ばしている。白い菊の列は遺影の下で波のように重なり、参列者は、その手がもう何もつかめないことを思って泣いた。
私は弔辞を読むため、ゆっくり立ち上がった。会場の空調音まで止んだ気がした。
彼とは二十年の付き合いだった。学生時代、同じ狭い部屋で夜を明かし、安い酒を分けた。就職してからも、互いの昇進と失敗を知っていた。彼が結婚し、離婚し、会社を興したことも。私がその会社を追われたことも。
最後の一文は消した。
恨みがあるように聞こえる。葬儀の場では、過去を丸く整えなければならない。
机の上には、新聞社へ送る死亡広告の下書きがある。名前、年齢、喪主、式場。死亡日の欄だけが空白だった。私は万年筆を置き、弔辞を最初から読み直す。
彼はよく、高い場所を恐れない男だと言われていました。実際、会社の屋上から街を見下ろすのが好きでした。事故の夜も、風に当たりたいと一人でバルコニーへ出たのでしょう。
「一人で」を「誰にも告げず」に直す。目撃者がいないことは、自然に聞こえたほうがいい。
黒い礼服は椅子の背に掛けてある。袖口から値札がぶら下がり、まだ仕付け糸も取っていない。明日クリーニングへ出すつもりだったが、黒は汚れが目立たないので、このままでもよさそうだ。
私はもう一度、最後まで読んだ。
どうか安らかに。君の志は、残された私たちが引き継ぎます。
悪くない。声も震えている。泣けない友人としては、十分に悲しんで聞こえる。
玄関の時計が六時四十分を指した。彼が契約書を持って来るのは七時。窓の外では、夕立の風がバルコニーの手すりを濡らしている。
私は弔辞を封筒へ入れ、死亡日の空欄に明日の日付を書いた。
彼の葬儀は、まだ始まっていない。まず今夜、あの手すりから落ちてもらわなければならなかった。