影が挙げた手
霧島祈は、二つの非常灯の間に立ち、右手を上げた。
白い壁に、彼の腕の影が二本伸びる。
床に倒れた静間砂都は薬で意識を失い、古館巴の両手は背中で鎖につながれていた。投票できるのは祈だけ。主催者はそう計算していた。
壁の規則は短い。
《終了時、壁に映った「賛成の挙手」が二つ以上なら三名全員を解放する。一つ以下なら三名全員を処刑する》
「手は一本だ」
スピーカーの声が笑う。「影が二本あっても、挙手した人間は一人にすぎない」
「数える対象を、人間に戻さないでください」
祈は動かない。左右の非常灯は、出口表示を照らすため別々の回路で点いていた。入室したとき、彼は自分の足元から二方向へ影が伸びることに気づいていた。規則の引用符が《参加者》ではなく《賛成の挙手》を囲っていたことも、頭に残っていた。
残り五秒。主照明が消え、非常灯だけになる。二本の影はむしろ濃くなった。
巴が鎖を鳴らす。「カメラは騙されない。二本とも同じ人の影だと分かる」
「カメラが何を認識するかじゃない。規則が何を数えるかだ」
終了音。
壁面走査が走り、黒い輪郭を囲む。二本の影は肩の位置こそ重なるが、壁上では別々の手として離れていた。
《賛成の挙手、一》
祈の喉が鳴った。
続いて、もう一つの輪郭にも枠がつく。
《賛成の挙手、二》
《解放条件を確認》
三つの首輪が外れた。
スピーカーが荒くなる。《影は票ではない。参加者一名につき一票という意味だ》
「だったら、そう書くべきでした」
祈は手を下ろす。二本の影も同時に消えた。
主催者は、砂都を眠らせ、巴の腕を封じ、祈だけに選択の責任を負わせようとした。三人を助けられない姿を見せ、次のゲームで疑心暗鬼を作るために。
だが最初から、必要だったのは二人の賛同ではない。壁に二つの形を作ることだった。
意識を取り戻しかけた砂都が、床から祈を見上げる。
「一人で……多数派になったの?」
祈は開いた扉の白い光を見た。
「一人じゃない。光が二つ、あった」