扉の見える軍議
ルチアは閉ざされた部屋が苦手だった。
幼い頃、罰として納戸へ入れられて以来、鍵の音を聞くと息が浅くなる。
騎士団長グレンの軍議室では、彼女の席から扉が見える。会議中も扉は半分開き、廊下には防音の布が張られていた。
「機密が漏れます」と参謀は何度も抗議した。
グレンは一言だけ返す。
「漏らすな」
彼は部下の事情へ口を挟まず、無駄話を嫌う。けれどルチアが馬車でも扉側へ座ることを覚えていた。
その日の議題は、敵軍が迫る村の避難だった。地図係のルチアは、住民を北門から逃がす案を示す。
参謀は南門から軍を進めるため、村人を教会へ閉じ込めて待機させると言った。
「反対です」
ルチアの声が震える。
「教会の扉は外からしか開きません。火が出たら逃げられない」
参謀は鼻で笑った。
「地図係は線だけ引け。作戦へ意見するな」
そのとき、兵が軍議室の扉を閉め、鍵を掛けた。ルチアの呼吸が止まる。
グレンの剣が一閃し、鍵だけが床へ落ちた。
「開けておけ」
参謀が声を荒らげる。
「会議が終わるまで誰も出せません。彼女には作戦を聞かせたのです」
ルチアは椅子から立つ。
「私は、この作戦には協力しません。北門の避難図だけ作ります」
「命令違反だぞ」
グレンは地図を引き寄せた。
「採用する」
「団長!」
「住民を閉じ込めない」
参謀は王命を持ち出した。グレンは黙って南門案の決裁印を折る。
そしてルチアへだけ尋ねた。
「帰るか」
「はい。明日の朝、北門の図を持ってきます」
彼は開いた扉の横へ退き、道を空けた。
ルチアが廊下へ出るまで、グレンは誰にも次の議題を始めさせなかった。開いた扉から風が入り、机上の地図を揺らす。それでも閉めろとは言わない。
参謀たちの前で、彼は北門の地図を最上段へ置いた。
「軍議は続ける。ルチアは退出する。彼女の拒否を、機密保持を理由に監禁するな」