掃除係のための空席
魔法学院の評議会室には十二脚の椅子があり、掃除係のマシュが座れる席は一つもない。
その日、地下実験棟から無色の魔力霧が漏れた。吸えば眠り、二度と目覚めない。窓を開ければ市街地へ流れるため、排気塔だけを開く必要がある。
塔の弁の場所を知るのは、毎朝そこまで煤を拭きに行くマシュだけだった。
「発言は教授だけに許可される」
議長は彼女を扉際へ追いやり、十二人で責任の押しつけ合いを始めた。霧はすでに床を這い、下階の生徒が倒れ始めている。
雑巾桶の水面に銀の文字が映った。
《条件達成:誰も見ない場所を千日整えた者》
《主人公専用排出枠〈裏方〉を解放》
《必要な権限を形にして一度だけ排出します》
マシュが引くと、折り畳み式の粗末な丸椅子が現れた。
《空席》
《問題を最も理解する者に、解決までの決定権を与える》
教授たちは笑った。
「椅子が増えたところで、お前は評議員ではない」
マシュは丸椅子を開き、座った。
甲高い音が一度鳴る。議長の胸から金の徽章が外れ、マシュの前掛けへ移った。壁の指揮盤が彼女の声だけを受け付ける状態へ変わる。
「全生徒を北階段へ。風術は禁止。第三班は濡れ布を配布。ゴーレムは地下三番通路の隔壁を閉めて」
迷いなく命令し、最後に排気塔の弁を遠隔解放する。天井裏で重い歯車が回り、霧は市街地ではなく浄化炉へ吸い上げられた。
十分後、倒れた生徒は全員目を覚ました。死者は零。評議員たちがまだ状況を把握できずにいる間に、マシュは汚れた床へ中和剤を撒き終えていた。
議長が徽章を取り返そうと手を伸ばす。
「危機は去った。権限を返せ」
「もちろんです」
徽章は彼の胸へ戻らず、空中で砕けた。問題を理解しない者には、返すべき決定権が存在しなかったらしい。
生徒代表が十二脚の豪華な椅子を廊下へ運び出し、丸椅子を会議卓の正面へ置いた。
「次の議題は、掃除係の待遇改善です」
マシュは初めて、立ったままではなく座って話を聞いた。
木の座面に星座のような紋章が広がる。
《統治級神器〈働く者の第一席〉》
《世界初権限移譲:肩書ではなく実務実績を参照》
《永久指定席――マシュ》