揚げ出し里芋の角

諸星暁の実家は、明日から取り壊される。

 父が亡くなり、空き家になって三年。雨漏りも始まり、直す金はない。土地を売ることに異論はなかった。今日一日で必要な物を運び出し、残りには処分の札を貼った。

 最後まで迷ったのは、祖父の工具箱だった。錆びた鉋、柄の黒くなった金槌、サイズの揃わない鑿。暁は大工になると言って祖父の仕事場へ入り浸ったが、高校を出るころにはIT企業を選んだ。今の部屋に工具を置く場所はない。使い方もほとんど忘れた。

 実家近くのこの店も、引っ越せば来なくなる。今夜の客は暁一人だった。店主へ揚げ出し里芋を頼む。

 油の中で里芋の衣が細かく鳴り、揚がった表面から香ばしい匂いが立った。熱い出汁を注ぐと、鰹の香りと白い湯気が一緒に広がる。四角く切られた里芋は、箸を入れると中がねっとりとほどけた。

「丸いままじゃないんですね」

「転がるから、角を作った」

 店主は言い、処分札の赤い紐が覗く暁の鞄を見た。

 祖父は、道具には置き場所が要ると言っていた。使わない道具を持つことを嫌った。だから捨てるのが正しい、と暁は思っていた。

 だが工具箱の底には、祖父が暁の名前を彫った小さな鑿がある。使えるかどうかを確かめてもいない。

 暁は明日の解体開始より一時間早く実家へ行くと決めた。工具箱を全部ではなく、名前の鑿と金槌だけ持ち帰る。残りは職業訓練校へ引き取れないか電話する。置き場所は、机の下を空ける。

 家はなくなる。祖父の仕事へ戻るわけでもない。それでも、処分札だけで別れを決めない。

祖父は、暁が初めて釘を曲げた板を捨てず、作業台の裏へ打ちつけていた。下手な跡は、次にまっすぐ打つための印だと言った。その板も明日には瓦礫になる。暁は写真を一枚撮ることも、工具の引き取り先を探すことも面倒で、処分業者へまとめて任せようとしていた。手元へ残す二本だけでも、自分で埃を払い、名前を読み直してから箱へ入れる。

 出汁を吸った衣は角から柔らかく崩れ、里芋の内側には、舌を急いで離したくなるほどの熱が残っていた。