敗北を命じる勝利印

王都闘技祭の決勝で、剣闘騎士クレイドは勝てる試合を負け続けていた。

相手の大振りを避けられるのに受ける。折れた左腕で立ちながら、とどめの隙には剣を引く。

観客は臆病者と罵ったが、記録官メイベルだけは彼の腰布を見ていた。

赤い参加証に、賭博商ロッゾの所有印が縫い込まれている。

商人が指輪を回すたび、同じ印がクレイドの脇腹で光った。

「次の一撃で倒れろ」

貴賓席のロッゾが口だけを動かす。

クレイドの膝が勝手に折れかける。

メイベルは記録机を飛び越え、試合場へ入った。

「競技を止めます!」

「記録官ごときが?」

ロッゾは笑い、書類を掲げた。

「正式な所有契約だ。この騎士をお前の印へ移せば助けられるぞ。欲しいのだろう、最強の護衛が」

メイベルは契約書を奪わず、競技規則を開いた。

《参加者は、自らの意思で勝敗を競う者に限る》

たった一行を読み上げる。

続いて赤い参加証をクレイドの腰から切り取った。

「意思を奪われた所有物は、参加者ではありません。よって、この参加証と付帯契約を無効にします」

記録官の黒印を押した瞬間、赤布が燃えた。

クレイドの脇腹から同じ火が走り、所有印だけを焼き尽くす。

彼は剣を落とした。

観客席が静まり返る。

「退場して構いません」

メイベルは白線の外を示す。

「誰にも戦う義務はありません」

クレイドは試合場を出た。

ロッゾが罵る。

「逃げたぞ! 所詮、命令がなければ何もできん!」

だがクレイドは受付まで行くと、自分の財布から銀貨を一枚出した。

無地の参加証を買い、自分の名を自分で書く。

そして白線の内側へ戻った。

「自由参加枠、クレイド」

メイベルが読み上げる。

「続行しますか?」

「俺が望む」

再開の鐘。

相手の剣が振り下ろされるより早く、クレイドの一撃が武器だけを真っ二つにした。

歓声の中、彼は優勝旗ではなく記録机へ歩く。

剣を鞘へ収め、柄をメイベルに向けた。

「賞金で正式な護衛契約を結びたい。命令ではなく依頼、拒否権付きで」

メイベルが受け取ったのは、騎士ではない。

彼自身が選んだ、最初の申し出だった。