数字を見ない夜
眞白の仕事は、数字を見ることだった。
化粧品ブランドのSNS運用。投稿の保存数、クリック率、フォロワー増減。休日も数字は動く。むしろキャンペーン中は土日のほうが反応が大きく、眞白はベッドの中でも管理画面を更新した。
月曜から金曜まで働き、土曜は「確認だけ」のつもりで一時間、日曜は報告資料の下書きで二時間。出勤扱いにはならない。上司から求められてもいない。それでも数字が落ちた瞬間を見逃すと、自分の怠慢でブランドが沈む気がした。
日曜の夜、友人と食事をして帰宅した眞白は、玄関で靴も脱がずにスマートフォンを開いた。今日の投稿は、予想より保存数が少ない。昨日より二十七件下がっている。胸がざらつき、すぐ原因を探し始めた。写真の色か、投稿時刻か、文章の一行目か。
友人との食事は楽しかったはずなのに、何を話したか思い出せない。途中で何度も席を外し、洗面所で数字を確認したからだ。休んでいる時間に数字が下がると、遊んだことまで罰のように感じた。
眞白はノートパソコンを開き、比較表を作ろうとした。画面の右下には二十二時四十六分。明日の朝にすればいい。そう思うたび、「朝まで悪化したら」という声が返ってくる。
管理画面をもう一度更新する。保存数は二件増えた。その小さな上昇にほっとした自分が、急にひどく疲れて見えた。数字は眞白を責めていない。ただ増えたり減ったりしているだけなのに、眞白が自分への判決に使っていた。
スマートフォンのホーム画面から、管理アプリを長押しする。「削除」ではなく「ホーム画面から取り除く」を選ぶ。消えたアイコンの場所に、無地の壁紙が現れた。
パソコンではログアウトした。パスワードは保存せず、手書きのメモを引き出しへ入れる。明日の始業までは、わざわざ取り出さなければ見られないようにした。
数字を見ないからといって、下がらなくなるわけではない。朝にはもっと悪い結果が待っているかもしれない。眞白はその可能性を抱えたまま、玄関に置きっぱなしだった鞄を片づけた。
冷蔵庫から水を出し、友人にもらった焼き菓子を一つ食べる。写真は撮らなかった。感想も投稿しなかった。二十三時、眞白はスマートフォンを充電器へ伏せて置いた。
数字の動かない夜ではなく、数字を見ない夜を、自分の側で一度だけ作った。