文化祭のあと、声だけが残る
紫乃は編集室の引き出しから、青いUSBメモリを見つけた。ラベルには、高校二年の文化祭の日付が書いてある。
今夜までに、社内ポッドキャストの新しいナビゲーターを決めなければならない。企画も構成も紫乃が担当してきたのに、収録だけは他人へ任せてきた。今回は『あなたの言葉で届けてほしい』と言われ、返事を保留していた。上司から候補に入れられたが、紫乃は裏方のままでいいと断るつもりだった。自分の声を録音で聞くのが、昔から苦手だ。
USBには、放送部で運営した文化祭ラジオのデータが残っていた。教室の一角をスタジオにし、窓の外の中庭へ校内放送を流した。紫乃は台本を書き、マイクの前に立つ役は依子に任せた。
最終番組が終わったあと、二人で機材を片づけた。椅子を引く音、コードを巻く音、遠くの拍手。録音は停止したはずだった。
再生すると、依子の「お疲れさま」のあとも波形が続いている。
『私、絶対しゃべる側には行かない』
高校生の紫乃の声だった。緊張すると言葉の最初が詰まり、笑うと息が裏返る。それをからかわれた経験があり、放送部に入っても原稿だけを書いていた。
続いて、椅子に足をぶつけたらしい音がし、二人の笑い声が重なった。紫乃の笑いは高く、途中で息が切れ、決して整っていない。
そのあと、依子が小さく言った。
『この声、残ってたらいいのに』
続けて、依子が録音停止ボタンを探す音がした。紫乃はその間も笑い、最後には『消してよ』と言っている。消してほしかった声が、十年後の自分を引き留めるとは思わなかった。
当時の紫乃は聞いていなかった。録音が続いていることも知らなかった。
依子とは卒業後、別々の仕事に就いた。今さら連絡して、あの教室を再現したいわけではない。けれど、嫌っていた声の中に、誰かが残したいと思った時間があった。
紫乃はUSBを抜き、応募用のマイクを机へ置いた。昔の音声は使わない。深く息を吸い、新番組のタイトルを読む。
一語目は少し詰まった。録り直そうとして、やめた。
そのまま次の文へ進むと、画面に新しい波形が伸びていった。