新居へ運ぶ最後の椅子

引っ越しの荷台には、見積書より一脚多く椅子を積む。

余分な椅子は、旧居で最後まで言われなかった言葉がある部屋から選ぶ。依頼主は指定できず、作業員が家具を出し終えた後に決める。荷台へ最後に積み、新居では開けられていない箱の隣へ置く。七日間は座ってはいけない。七日目までにその箱が開かなければ、椅子は旧居へ戻る。

駒月は引っ越し会社で六年働き、他人の余分な椅子を何百脚も運んだ。

食卓で離婚を告げられた夫婦にはダイニングチェア。子供が進学先を言えなかった家には学習椅子。誰も驚かず、見積書の備考へ《一脚超過・料金不要》と書いた。

自分が引っ越す日だけは、同僚に作業を頼んだ。

恋人と暮らした部屋を出る。彼女は二週間前に荷物を運び、白い食器棚と二人掛けのソファを持っていった。駒月には段ボール十二箱と、仕事用の衣類しか残っていない。椅子は一脚もないはずだった。

家具を出し終えると、ベランダの隅に折り畳み椅子が立っていた。

雨ざらしで座面が色あせている。二人が喧嘩すると、駒月はそこで煙草を吸った。彼女がガラス越しに何か言っても、聞こえないふりをした。禁煙してから捨てたと思っていた。

同僚は規則どおり、それを最後に積んだ。

新居では、《共同》と書かれた箱の隣へ置かれた。六畳の床には椅子の脚四本分より広い日焼け跡があり、以前の住人も一脚多く暮らしていたらしい。折り畳み椅子はその跡を避け、箱へ肩を寄せるように立った。箱の中身を駒月は知っている。写真、旅行先の切符、二人で使った工具。別れるとき、彼女は「要らない方が持って」と言った。どちらも要るとは言わなかった。

七日間、駒月は床で食事をした。椅子へは座らず、箱も開けなかった。

七日目の夜、折り畳み椅子が玄関へ向かって少しずつ移動した。旧居へ戻るつもりらしい。駒月は箱を開け、最初に出てきた小さな金槌を手に取った。彼女が棚を組み立てたとき使った物だった。

箱を閉じず、椅子を止めもしなかった。

朝、椅子は部屋の中央へ戻っていた。一本だけ剥がれていた脚のフェルトには、旧居の真鍮の鍵が埋まっていた。返却した鍵と同じ番号で、歯の部分だけが、二つの部屋の間取りの形に削られていた。