旧住所の転送便
閉鎖予定の郵便局には、宛先不明の手紙を入れる灰色の箱があった。
営業終了後、もう存在しない住所を書いた手紙を入れると、その住所で最後に誰かが暮らしていた夜へ届く。
局員は退職前夜、自分の育った家の住所を書いた。
家は十年前、母の死後に取り壊されている。
「お母さんへ。
外国へ転勤すると告げた日、あなたは『好きにしなさい』と言いました。
私は反対されなかったことに腹を立て、そのまま帰りませんでした。
本当は、行かないでと言ってほしかった」
手紙を灰色の箱へ入れた。
翌朝、仕分け台に古い封筒がある。
取り壊し前夜の母からだった。
「娘へ。
家を売る前の夜です。
あなたの部屋は空ですが、机の傷だけ残っています。
行かないでと言えば、あなたは残ったでしょうか。
残って、私のせいにしなかったでしょうか」
局員は答えに詰まった。
母は続けていた。
「好きにしなさい、は便利な言葉でした。
応援にも、諦めにも、責任逃れにも聞こえます。
私は寂しいと言う勇気がありませんでした」
局員は二通目を書く。
「私も、行きたいと言いながら、止めてほしかった。
母親に決めてもらえば、失敗しても帰れたから」
翌朝の返事。
「では、失敗したから帰ってきなさい。
成功したなら自慢しに帰ってきなさい。
どちらでもないなら、土産だけ持ってきなさい」
母らしい乱暴な招待だった。
局員は外国で十年働いた。
母が病気になったときも、仕事を理由に帰国を遅らせた。
間に合わなかったことを、転勤の日の一言へ全部結びつけていた。
最後の手紙を書く。
「私は間に合いませんでした。
それでも帰ってよかったですか」
返事は来なかった。
灰色の箱は閉鎖作業で撤去され、住所のない夜への道も消えた。
退職後、局員は母の故郷へ行った。
自宅はない。
古い商店も半分閉まり、知る人は少ない。
土産として、外国で覚えた菓子を母の姉へ持っていった。
叔母は一口食べ、
「甘すぎる。妹なら文句を言う」
と笑った。
二人で、母が寂しいと言えなかった話をした。
叔母も、
「私には毎月、娘が帰らないと愚痴ってた」
と教えた。
局員は腹を立て、同時に救われた。
古い住所へは戻れない。
母から最後の返事もない。
それでも、帰ることを一度の到着にしなくてよいと知った。
退職後の名刺には、自宅住所の下へ小さく書いた。
「転送不要。会いたい人は、先に連絡してください」
待つ側も、帰る側も、曖昧な一言だけへ任せず、現在の住所を渡すために。