暗転の一秒

病室のデジタル写真立てには、家族の写真が百枚入っていた。

娘が持ってきた物で、海、運動会、結婚式、孫の入学式が十秒ごとに切り替わる。

入院している女性は、それをあまり見なかった。

皆が笑っている写真ほど、自分だけが取り残される気がしたからだ。

ある夜、写真が切り替わる黒い一秒に、画面の中から声がした。

「次、目を閉じてるやつだよ」

海辺の写真に写る若い息子の声だった。

次の画面では本当に、息子が目を閉じていた。

写真の人物たちは、画面が暗転する一秒だけ話した。

「その服、母さんが選んだ」

「この日は大雨だった」

「ケーキ、実は落とした」

一秒では長い話はできない。

だから皆、写真からこぼれた小さな事実だけを言った。

笑顔の直前に喧嘩していたこと。

旅行へ行きたくない人がいたこと。

失敗をごまかして撮り直したこと。

女性は、写真の家族が幸福だけでできていないと知り、少し安心した。

最後の方に、一枚だけ嫌いな写真があった。

夫の葬儀後、家族が実家に集まった夜。

全員が疲れ、女性だけが笑っていない。

暗転の一秒、写真の娘が言った。

「お母さんがいて、助かった」

次の写真へ変わってしまった。

女性は画面を戻そうとしたが、操作を誤り、別の年月が流れた。

翌日、娘へ尋ねた。

「あの日、私、何かした?」

娘は考えた。

「何も。ご飯を炊いて、布団を出してくれただけ」

「それだけ?」

「それができる人、他にいなかった」

女性は、自分の人生が家族写真の中央にあるとは思っていなかった。

いつも撮る側で、写っても端。

けれど、写真に残らない手つきが、皆を同じ画面へ集めていたらしい。

退院できない可能性を、女性は知っていた。

家族へは「大丈夫」と言い続けていたが、その夜、写真立てへ一枚加えてもらった。

病室で撮った現在の写真。

痩せた自分と、娘と息子と孫が、笑わずに並んでいる。

消灯後、写真がその一枚へ変わった。

暗転の中で、女性は自分の声を聞いた。

「怖い。でも、みんないる」

次の画面へ移る一秒前、別の声が重なった。

「いるよ」

誰の声か分からなかった。

家族全員だったのかもしれない。

女性は写真立てを消さずに眠った。

画面は夜じゅう、幸福だけではない百一枚の家族を、暗い一秒で縫い合わせ続けた。