最後の縫い目
縫製工場の夜勤で、輸出用ジャケットの仕上げミシンが針を折り続けた。出荷便は午前六時。立花繭が呼ばれたとき、作業台には折れた針が四本、白い布の上に並べられていた。
班長は針の不良を疑っていた。「箱ごと替えても折れる。今日は厚地だから仕方ないのかも」
繭は新しい針を付けず、手回しで一針ずつ動かした。薄い部分では、糸を拾う釜が針のすぐ後ろを通る。襟の重なりを模した厚地を挟むと、針がわずかに遅れ、釜の先へ触れた。
上軸の印を合わせて揺すると、連結部に小さな遊びがあった。昼勤がベルトを替えた際、固定ねじを片方だけ締め切れていない。負荷の軽い布では回るが、厚地で上軸が遅れ、針と釜の時刻がずれていたのだ。
「ねじを締めれば終わりですね」
班長が言った。繭は先に、今夜縫った製品を別の台車へ移してもらった。折れた針の破片が一本でも裏地へ残れば、客の手に刺さる。機械が直っても、製品の安全は戻らない。
繭は四本の針が折れた時刻を作業日報から拾い、その間に縫った着数を逆算した。班長が覚えていた「十着ほど」は、実際には二十七着だった。機械の停止時刻だけではなく、最後に正常品を確認した時刻から隔離する。手間は増えたが、曖昧な一着を箱へ残さないための数え直しだった。
彼女は連結部を正しい位置へ戻し、二本のねじを交互に締めた。片側だけ一気に締めると軸が傾く。次に送り歯の高さを確認し、厚地を十枚重ねて低速で縫った。針はまっすぐ入り、釜に触れない。
金属探知機で隔離分を通している間、繭は折れた四本の針を組み合わせた。三本は全部そろったが、一本だけ先端が足りない。班長の顔色が変わる。
破片の形は不足していた針先とぴたり合った。繭は照合写真を残し、探知機だけに頼らず回収を証明した。
午前五時四十分、最後の一着から小さな破片が見つかった。出荷箱が封じられ、ミシンは再び走り始めた。
繭が工具を拭く横で、別の作業者が手を上げた。今度はボタン付け機が糸を切らない。完成品の列の先で、次の未完成がもう待っていた。