最終バスの窓

操乃の家から県道の停留所が見える。正確には、夜の暗がりを横切るバスの窓だけが見える。息子の湊惺が町の予備校へ通い始めてから、操乃は毎晩、その細長い灯を台所の窓越しに数えた。

最終は九時十八分。操乃は九時に鍋の火を点ける。今夜は白菜と油揚げのうどんだった。出汁が煮立つころ、遠くのカーブに二つの前照灯が現れる。窓が一、二、三と流れ、最後の赤い灯が杉林へ消える。

それから玄関までは七分。湊惺は停留所からゆっくり歩く。暗い道で英単語を聞いているらしい。操乃は危ないからやめろと言い、湊惺は耳は塞いでいないと答える。毎晩同じ話をする。

九時二十五分を過ぎても、戸が開かなかった。操乃はうどんを入れず、出汁の灰汁だけをすくった。九時二十八分、犬が一度吠える。九時三十分、門の砂利が鳴り、湊惺が白い息を吐いて帰ってきた。

「星、すごかった」

遅れた理由はそれだけだった。停留所の先で立ち止まり、オリオン座を見ていたという。操乃は叱る言葉を鍋へ落とす代わりに、うどんを二玉入れた。

湊惺は湯気の向こうで、覚えたばかりの星の名を話した。操乃にはどれがどれか分からない。だが窓の外には、バスの灯より小さく、消えない光がいくつもあった。

生姜を多めに載せたうどんは熱く、二人とも鼻をすすった。家へ帰る七分が十分になった夜、出汁はその三分だけ濃くなり、台所には油揚げの甘い香りが長く残った。

食後、湊惺は濡れた布巾で窓の曇りを丸く拭き、星を指した。操乃には光が多すぎて、どれが教わった星か分からない。「あれ」と息子が言うたび、「あれね」と答える。やがて窓はまた湯気で曇り、星は一つずつ隠れた。湊惺は単語帳を開いたが、数頁で欠伸をした。操乃は鍋に残った出汁を明朝の雑炊用に取っておく。最終バスの去った県道は暗く、家の中だけが生姜の熱でゆっくり明るかった。

操乃は消灯前、台所の窓をもう一度拭いた。暗いガラスに、帰ってきた息子の背中と、自分の顔が並んで映った。