最終フィッティング

小宮山史佳が花嫁控室から消えたと聞き、矢代琴音は衣装室へ走った。

史佳は試着台の上でドレスを脱ぎかけていた。背中のファスナーが途中で止まり、呼吸のたびに胸元のビーズが震える。昨夜の最終フィッティングでは、もっとゆるかった。

新郎の母が今朝、「写真で細く見えるように」と衣装係へ頼み、コルセットを一段きつくしたらしい。史佳本人には伝えられていなかった。おまけに、史佳が希望したドレスのポケットも、シルエットが崩れるという理由で仮縫いされていた。

「みんな、きれいって言うんだよ」

史佳は笑った。けれど、腰を曲げることも深く息を吸うこともできない。

琴音は服が人を変える力を信じている。痛いヒールも補整下着も、数時間なら自信の代金だと思ってきた。史佳が普段から楽な服ばかり選ぶのを、もったいないと感じていた。

それでも、本人の知らないところで締められた紐は、装いではなく拘束だった。

琴音は衣装係を呼び戻さず、まず史佳を台から降ろした。背中のフックを上から外し、ファスナーを少しずつ下げる。史佳が息を吸うたびに待ち、吐くたびに一センチ動かした。

控室の隅には、二次会用の白いパンツスーツが掛かっていた。史佳が自分で選んだものだ。琴音は裾上げテープと安全ピンを借り、床へ膝をついた。

「こっちで出る?」

「今日は、どっちでも出ない」

琴音には、衣装だけ替えて式を続ける選択もありだと思えた。だが史佳の返事を聞くと、パンツの裾を折り返した。逃げるにしても、引きずらない長さが必要だった。

右脚を史佳が、左脚を琴音が留める。左右で折り幅が少し違い、二人でやり直した。鏡の前には、価値観の違う二人が同じ高さにしゃがんでいた。

着替えた史佳は、ドレスのポケットを塞いでいた糸を小さな鋏で切った。琴音も反対側を切る。中から、史佳が昨夜入れておいたハンカチが出てきた。

ドレスは衣装袋へ戻し、パンツスーツのポケットには財布とスマートフォンを入れた。史佳は自分の足で試着台から降りる。

琴音は鏡の前に残ったコルセットを畳み、史佳は外した安全ピンを数えた。忘れ物がないことを確認してから、二人は衣装室の扉を開けた。