月の傷を表に
宮前環は、六月の結婚式に着る服を探していた。
正確には、胸元の手術痕が見えない服を探していた。高校時代の心臓手術から十年。痛みはないのに、鎖骨の下から伸びる白い線だけが、他人の視線を先回りして環を縮ませた。友人から送られた服装相談の写真にも、環だけが首元の詰まった候補を並べ、「六月には暑そう」と返されていた。
「白磁ディスク」の壁に、満月を印刷したピクチャー盤が掛かっていた。白い月の表面を、斜めに一本の擦り傷が走っている。値札には〈再生良好〉とある。
環が傷を指すと、店主は盤を外し、検盤台へ置いた。柔らかな刷毛で埃を払い、洗浄液を薄く伸ばす。傷の上も同じように拭くが、何度もこすらない。透明なターンテーブルで回すと、月は傷ごと円を描いた。音は途切れず、低い女性の歌が流れた。
「裏向きで飾ることもできますか」
「できます」
店主は両面を確かめた。裏は印刷のない黒だった。
環が迷っていると、店主は二種類の保護袋を出した。一つは不透明な紙製。もう一つは、全面が見える透明な袋。
「保存性はほぼ同じです。どちらにしますか」
環は透明なほうを選んだ。
会計後、店主は値札を傷の上から剥がし、月の外側へ貼り直した。欠点を隠して高く見せるためではなく、盤面の状態を客が確認できるようにするためだった。包装紙も使わず、月を表に向けて渡す。
環は店内の鏡代わりになっている暗い窓へ、自分の姿を映した。スマートフォンで保留中のドレスを開く。胸元が浅く開き、細い肩紐がついている。レビュー欄には「華奢に見える」と書かれていたが、今はどうでもよかった。傷を美しく見せたいわけでも、克服したと証明したいわけでもない。ただ、傷を基準に服を選ぶのを一度やめたかった。
サイズを選び、購入する。
配送先を確定するとき、環は一瞬だけ指を止めた。式で傷を見た誰かが、何か思うかもしれない。思われても、音が飛ぶわけではない。
注文完了の画面を閉じる。
透明袋の中で回転を止めた月は、傷を表にしたまま、少しも欠けて見えなかった。