月曜だけの電話
母からの電話に出るのは、月曜の夜だけと決めていた。
姉の千鶴には、完全に縁を切ったと言ってある。嘘ではなく、安全のための調整だ。母は突然すべてを失うと何をするか分からない。週に一度、私が声を聞かせ、質問に少しだけ答えれば、新しい住所までは探さない。
月曜になると、私は千鶴の勤務表をさりげなく確かめた。
「今週、遅番ある?」
「どうして毎週聞くの」
「夕飯を作るから」
母との通話には、新しい端末なのに昔と同じ童謡の着信音を設定していた。音が鳴ると千鶴に気づかれるので、九時前には必ず浴室へ入る。
母はまず私の体調を尋ね、そのあと姉のことを聞いた。
〈仕事は続いてるの〉
〈男はできた〉
〈何時に帰るの〉
「知らない」と答えると、母は泣く。朔実だけは親を捨てないと思っていた、と。泣き声を聞くと、玄関先で土下座させられた夜より、母の布団にもぐって慰めた幼いころを思い出した。
だから、ほんの少しだけ教えた。会社の最寄り駅。遅番の曜日。千鶴がよく寄る店。母が安心すれば、私には優しくなる。最初に姉の帰宅時刻を教えた週、母は私の職場へ電話をしなかった。『朔実は話が分かる』と褒められ、その一言を一週間、何度も思い出した。
ある火曜、千鶴が青い顔で帰宅した。職場の出口に母が立っていたという。私は驚くふりをし、偶然だよ、と抱きしめた。千鶴のコートから母の好きな線香の匂いがしたので、すぐ洗濯機へ入れた。証拠まで消してあげたのだと思った。
「誰かが教えない限り、分からない場所だった」
姉は私の肩越しに浴室を見た。棚には防水ケースが置きっぱなしで、画面に月曜の通話履歴が光っていた。
千鶴は何も責めなかった。翌朝、荷物を持って出ていった。勤務先も番号も変えるとだけ書き残した。
その夜、約束のない火曜日なのに母から電話が来た。
〈千鶴に逃げられた。朔実は私の味方よね〉
私は、母が姉を探している間は自分のところへ来ないのだと、ようやく言葉にできた。
通話を切ったあと、姉が置いていった古い勤務表を撮影した。
〈明日は千鶴、中央支店にいるよ〉
送信済みの印がつくまで、私は画面を伏せなかった。