木匙と竜王
竜王グラムの牙が宴会場を砕き、笹舟ヨルは木匙を構えて鍋へ飛び込んだ。
《打撃給餌》
攻撃力0の武器が命中した場合、装填した料理効果だけを対象へ与えます。
《初心者の木匙》
攻撃力:0
装填可能:料理一口分。
「竜にスープを食わせる気か!」
攻略隊の剣は鱗に弾かれ、魔法は炎に飲まれる。グラムの頭上にはHPより大きな《空腹度:999》が表示されていたが、誰も気にしなかった。ボスには攻撃しかできず、料理を渡す選択肢がないからだ。
ヨルは木匙へ豆のスープを一口すくい、竜の鼻を叩いた。
ダメージゼロ。
《空腹度:998》
グラムが目を丸くする。次の瞬間、もっと寄越せと言うように口を開けた。
一口ずつしか装填できない。ヨルは炎を避け、鍋と竜の間を往復する。攻略隊は呆れながらも、倒れた卓から料理を集め始めた。
肉煮込み、焼き林檎、固いパン。木匙が当たるたび空腹度が減る。強い武器ではダメージが発生し、料理効果が無効になる。最弱の匙だけが、竜王を傷つけず食べさせられる。
残り一。鍋は空。
宴会場の隅で、給仕NPCの少女が自分の弁当を差し出した。
「今日、食べるはずだった分です」
ヨルは最後の一口を装填する。木匙が鼻先へ触れ、空腹度がゼロになった。
グラムは倒れず、巨大な身体を丸めて眠る。腹の下から、何百年も封鎖されていた穀物庫の扉が現れた。竜は財宝を守っていたのではなく、飢饉の間、最後の食料を自分の身体で温めていたのだ。
《竜王討伐失敗》
《空腹状態を解除》
眠るグラムの鼻から、温かな湯気が上がった。給仕の少女は空になった弁当箱を見ていたが、竜が片翼を持ち上げると、その下から一人分の焼き芋が転がる。
竜王は食べ尽くしたのではない。飢えに耐えながら、穀物庫の温度を守るため最低限だけ口にしていた。
ヨルは木匙を少女へ返す。次の一口は討伐者の報酬ではなく、同じ食卓に座る者として分けることにした。
《宴会クエスト達成――勝者報酬は竜の素材ではなく、明日も食べられる穀物です》