未実装のエンディング
理世は、雑談で昔の話をしたあと、必ずチャットに「転載不可」と書いた。
冗談だと思って私は笑い、気に入った言葉をスクリーンショットして自分用の資料へ貼った。彼女は企画会議でも家族の話を避ける。物語を作る仕事なのに、自分だけ安全な場所にいるのはずるい。
ゲーム会社でシナリオを書く私は、誰かの痛みを作品へ変えるのが得意だった。理世の話は特に使いやすい。雨の日に妹を亡くしたこと、葬儀へ赤い傘で行ったこと、最後のメッセージを消せずにいること。本人は「使わないで」と言ったが、固有名詞を変えれば創作になる。
前作でも、同僚の失恋話から別れの場面を書いて賞を取った。本人は発売後に退職したが、作品の評判に耐えられなかっただけだと私は考えていた。
新作ゲームの終盤、主人公が妹の幻と別れる場面を書いた。泣けると評判になり、ディレクター確認の日を迎えた。
ところが理世は、私の台本を自分の名前で投影した。
「このエンディングは、私が設計しました」
頭の中が白くなった。自分の経験を話しただけで、文章まで自分のものにするつもりらしい。
「書いたのは私。履歴を見れば分かる」
「だから、その履歴を見てください」
彼女はチャットと台本を左右に並べた。理世が私だけに送った文章が、語順まで同じ形で十七か所入っている。「赤い傘」「七分遅れの電車」「左手だけ冷たい」。偶然では済まない数だった。
私は取材だと説明した。日常会話から素材を得るのは作家なら当然だし、彼女の経験を多くの人に届く形へしたのは私だ。
「私に妹はいません」
理世は静かに言った。
「雨の日の葬儀も、消せないメッセージも、全部この確認のために作りました」
会議室の空気が変わった。彼女は以前から、私が雑談を勝手に使っていると相談していた。今回は法務と話し、私だけに架空の記憶を渡したのだという。
私は罠だと抗議した。そんな卑怯な人間の名で、感動的な場面を出すべきではない。ディレクターは公開を止め、過去作も調査すると告げた。
未実装へ戻された台本には、存在しない妹の命日だけが、私の文章として残っていた。