森王鹿のほどけない冠

森王鹿が伐採村へ現れた朝、木こりたちは斧を捨てた。

枝のような角は空を覆い、緑の鬣には季節外れの花が咲いている。怒れば森が村を呑み込むと恐れられる神獣だった。

森王鹿は中央広場まで来ると、角を家の壁へ打ちつけた。

一撃ごとに蔦が地面を這い、人々は「祟りだ」と叫ぶ。

指物師見習いのユーノは、親方の背からそっと顔を出した。

神獣は右の角だけを壁へ擦っている。しかも首を動かすたび、緑の鬣が強く引かれていた。

木材を縛る鋼線は、張りすぎると甲高く鳴る。鹿が首を振るたび、花の奥から同じ細い音がした。祟りで生まれた蔦なら、あんなふうに一本だけ逆向きへ食い込んだりしない。

「角に何か絡んでる」

近くで見れば、蔦ではなかった。

密猟者が使う細い鋼線が角の根元へ巻きつき、伸びた蔦と鬣を一緒に締め上げている。暴れるほど食い込む仕掛けだ。

村長は討伐隊を待てと言った。

ユーノは首を振り、木工用の小さな鋸と革手袋を持った。

「大きな鋸は怖いよね。これは細いところを切る道具だから」

広場へ出ると、森王鹿の蹄が地を鳴らした。

ユーノは鋸を足元に置き、まず自分の髪の結び紐をほどいてみせる。締めつけられていた髪が肩へ落ちる。

森王鹿は長く彼女を見つめたあと、前脚を折った。

それでも角の先は屋根より高い。倒した樽を踏み台にし、鬣へ手を入れる。柔らかな毛の下では、鋼線が赤く腫れた皮膚を削っていた。

蔦を一本ずつ避け、鋼線だけを鋸で切る。

きい、きい、と嫌な音がするたび、鹿の背が震えた。

「あと少し。暴れないでくれて、ありがとう」

最後の一本が弾けた。

絡まっていた鬣と蔦が、滝のようにほどけて落ちる。森王鹿は恐る恐る首を右へ回し、次に左へ回した。痛みがないと分かると、鼻先から緑の光を吐く。踏み荒らされた広場の隙間に、小さな芽が一斉に顔を出した。

森王鹿がもう一度首を振ると、今度は壁ではなく空へ花びらが舞った。

村長が豪華な鞍を差し出したが、鹿は角で静かに押し返した。

そしてユーノの前へ伏せ、冠のような角を地へ置く。鬣に埋もれた頭が、彼女の膝へゆっくり預けられた。

花と若葉の匂いがする毛は、森の朝より柔らかかった。角の重さまで受け止めた膝に、陽だまりを丸ごと載せたような温度が広がった。