止まった試験時間

「答案は伏せて待ってください」

魔法大学の試験監督イスカ・ヴェルは、開始前も終了後も同じ指示を出した。彼女は砂時計を返し、羽根ペンの予備を配り、机間を歩いて不正具を没収する。研究実績も派手な魔法もなく、学生には臨時雇いの講師と思われていた。

終了の鐘が鳴る直前、壊れた懐中時計を持つ学生トーマだけが異変に気づいた。

砂時計の砂が空中で止まり、百人の受験者も瞬きの途中で固まる。天井から細長い老人が降りてきた。時盗りの侯爵。試験の最後の一秒へ潜り込み、若者の未来を丸ごと奪う魔族だ。

『勇者イスカ。お前の時間も、百年前に終わった』

イスカは回収用の赤い紐を一本、指に巻いた。

「終了時刻を過ぎています」

紐を引く。

それだけで、止まった一秒が紙のように切り離された。時盗りの侯爵はその中へ閉じ込められ、叫びも身振りも凍ったまま、薄い透明片になる。イスカが指で折ると、怪物ごと一秒は粉々になった。世界を七日巻き戻して魔王を討った力を、誰も時間の損失として感じない。

動けたのは、針の外れた時計を持つトーマだけだった。彼の時計だけは止まる時刻を持たなかったからだ。

トーマは透明片の中で、なお動けずにいる侯爵の目を見た。世界を七日戻した勇者なら、試験時間を延ばすことも答案を直すことも簡単だろう。それでもイスカは、受験者の一秒を一つも自分の都合で使わなかった。奪われた未来を返すことと、他人の努力へ手を加えることは別なのだ。彼は残り時間のない答案を伏せ、次回は自分で配分しようと決めた。

イスカは透明な破片を答案回収袋へ入れ、口を封じる。床の影を足で整え、砂時計に落ちなかった砂一粒を戻した。次の瞬間、鐘の余韻が続き、学生たちは一斉に息を吐く。

「先生、今、一秒が割れました」

トーマがささやく。

「試験後の私語は禁止です」

「あなたが時還りの勇者なんですね」

彼女は彼の壊れた時計を手に取り、外れた針を差し戻した。時計は初めて正しい時を刻み始める。

イスカは何事もなかったように教壇へ戻り、百枚の答案を見渡した。

「答案は伏せて待ってください」