歪んだ湯呑み

 安積ひよりは、四十四歳の誕生日を一人で過ごすことにした。

 友人から食事へ誘われたが、今年は誰にも予定を合わせず、自分が前から気になっていた陶芸教室へ行った。

 一日体験の参加者はひよりだけだった。

 講師は土の塊を渡し、「湯呑みを作りましょう」と言った。

 ろくろが回り、両手の間で土が少しずつ立ち上がる。動画で見たときは簡単そうだったが、指へ力を入れた瞬間、縁が大きく波打った。

「あっ」

「戻そうとすると、もっと薄くなりますよ」

 講師は止めず、波打ったまま整える方法を教えた。

 ひよりは仕事で品質管理をしている。

 歪み、傷、寸法違い。見つけたものを正すのが役目だった。

 目の前の湯呑みも、どこを直すべきかばかり考えてしまう。

「使えますか、これ」

「口をつける場所は、たくさんあります」

 講師が笑った。

 底へ自分の印を押し、釉薬は淡い灰色を選んだ。

 焼き上がりは一か月後。誕生日の記念品なのに、その日に持ち帰れないことが少し可笑しかった。

 一か月後、教室へ受け取りに行く。

 湯呑みは思ったより小さくなり、縁の一方だけ低かった。灰色の釉薬も均一ではなく、底へ濃い青がたまっている。

 それでも掌へ載せると、親指が波のくぼみにぴたりと収まった。

 家へ帰り、ほうじ茶を淹れた。

 どの位置から飲むか迷い、低いところへ口をつける。茶はこぼれず、むしろ唇へちょうどよく当たった。

 焙じた葉の香りが、土の器から柔らかく上がる。

 ひよりは誕生日にもらった菓子を一つだけ開けた。

 胡麻の入った小さな最中。誰かと分ける必要がないので、最後の一口まで自分の好きな順で食べた。

 窓辺へ湯呑みを置くと、夕日の中で歪んだ影が伸びた。

 まっすぐではないから、影の形も面白い。

 ひよりは写真を撮らず、二杯目の茶を注いだ。

 誰にも祝われない休日は、寂しいのではなく、誰の期待も載っていない器のようだった。掌の中には焼いた土のざらつきと茶の温度が残り、ひよりは自分へ、遅れて届いた誕生日をゆっくり渡した。