死刑命令に署名した者へ
「能力なしの平民が法律を語るな」
法務卿はそう吐き捨て、雨宮小夜の処刑命令書へ金の署名を入れた。
転生した小夜は、王都の文書庫で働いていた。
ある日、徴税猶予を認める古い法令を見つけ、飢饉の村へ知らせた。それだけで「王命の偽造」を疑われた。証拠にされた紙は、小夜が触れたことさえない羊皮紙だったが、裁判官も証人も法務卿の部下。判決は即日、百槍刑となった。
広場中央の椅子へ縛られ、周囲には百人の槍兵。
法務卿は観覧壇から命令書を掲げた。
「署名も印章もそろっている。これこそ法だ」
小夜の目に、能力の説明が現れた。
《署名連帯》
署名者が他者へ命じた処分を、一度だけ署名者自身にも同条件で成立させる。
彼女は前世で契約審査を担当していた。
細かな文字ほど、人は読まずに同意する。
法務卿も同じだった。
「その命令、執行条件を確認しましたか」
嘲笑を返される前に、小夜は能力を使った。
羊皮紙から金色の鎖が伸びた。
一本は小夜の拘束をほどき、残る九十九本は観覧壇へ走る。法務卿の手首、足首、腰を椅子と同じ形に固定し、百本目が署名した指へ巻きついた。
命令書の文章が空中へ拡大される。
《偽造に関与したすべての者を百槍刑に処す》
その下に、偽造された筆跡の作成者、印章を押した書記官、証言を買った裁判官の名が自動で追記された。最後に最も大きく、法務卿自身の署名が光る。
「止めろ! 私は命令した側だ!」
彼が叫ぶと、百人の槍兵が動けなくなった。
槍の穂先が、小夜と観覧壇の両方を同時に向こうとして震えている。矛盾を測ろうと法術官が判定秤を出したが、左右の皿が激しく回転し、中央軸から真っ二つに割れた。
小夜は命令書を拾い上げた。
「命令した側だけが、命令の外にいるとは書いてありません」
王太后が観覧壇の最上段で立ち上がった。
彼女は飢饉法を制定した本人だった。小夜の手にある文書へ王家の指輪を当て、真正を示す青い光を灯す。
槍兵たちは一斉に穂先を下げた。
法務卿を囲む金鎖だけが残る。
死刑囚として広場へ連れ出された小夜へ、今度は王太后が立ったまま席を譲った。
その瞬間、百人の兵が見ていたのは処刑命令ではなく、それを読む者の資格だった。