死者のカーソル
ソフト会社の監査人、玻名城は、入退室を厳しく制限されたサーバー室からオンライン査定会へ参加した。機密保持のためカメラは切られていたが、共有画面では彼のカーソルが動き、監査表へ次々と文字が入力された。二十分後に応答がなくなり、警備員が開けると、玻名城は端末の横で撲殺されていた。死亡は会議開始前だった。
容疑者は技術責任者の志波、主任開発者の相楽、納入先代表の宇治土。三人とも会議へ顔を出し続け、改竄が認定されれば大損害を受ける。サーバー室は退出時に自動施錠され、外から入った記録は会議中にない。それでも画面では、死者が十七項目を修正していた。
査定会では、玻名城が修正した項目を根拠に契約を打ち切る予定だった。相楽は入力文の専門用語が本人のものだと主張し、宇治土は共有画面が改竄されていないかを疑った。志波は遠隔保守機能の存在を認めつつ、「緊急時以外は使えない」と説明した。だが権限の有無と、実際に誰が触れたかは別の問題だった。
端末に残る手掛かりは三つだけだった。
第一に、入力された文章は一文字ずつではなく、段落単位で瞬時に現れ、書式まで揃っていた。
第二に、端末の操作記録には会議中のキーボード入力が一度もなく、外部接続だけが二十分続いていた。
第三に、その遠隔接続へ使われた電子証明書は、志波の業務用ノートに発行されたものだった。
相楽は「共有画面が玻名城さんの端末なら、本人が操作したと思う」と呟いた。画面の所有者と、指の所有者を同じだと決めたのが錯覚だった。
「志波は会議前に玻名城を殺し、退出して扉を閉めた。その後、自分のノートから遠隔操作し、監査人が生きて修正しているよう見せたのです」私は十七の段落を示した。貼り付け方が人の打鍵ではないことを、無入力記録が室内に操作者がいないことを、証明書が遠隔の指を志波へ結びつける。密室の端末は確かに動いていた。しかし、死者の手ではなく、会議画面の外にいる犯人のカーソルだった。 共有されたのは画面であって、室内にいる人間の生存ではなかった。