残量一パーセント
梓のスマートフォンは、残量一パーセントで赤く光っていた。
充電器は鞄にある。けれど終電には差し込む場所がなく、駅から家まで地図を使う必要もない。画面を暗くしても、数字は減るときには減る。
車内の照明は明るすぎるほどだった。空調が一定の音を立て、車輪が回るたび座席の下から細かな振動が上がってくる。窓の外には、雨でにじんだ看板が短く現れては消えた。
今日は梓の誕生日だった。
昼には職場で小さな菓子をもらい、友人からもメッセージが届いた。寂しい誕生日ではない。それでも日付が終わる直前になると、まだ誰かから連絡が来るのではないかと画面を見てしまう。誰を待っているのか、自分でも決められないまま。
向かいの席の青年も、スマートフォンを見ていた。突然、彼の画面が黒くなった。何度か側面のボタンを押し、諦めたように鞄へ入れる。すると青年は文庫本を取り出し、栞のところから読み始めた。
梓の画面にも、電源が切れる前の警告が出た。
最後に通知を確認することはできた。けれど梓は電源ボタンを長く押し、自分から画面を消した。真っ黒なガラスには、蛍光灯と自分の顔だけが映った。
青年がページをめくる。紙の音が一度する。電車がトンネルへ入り、窓も黒くなる。二つの黒い画面と一冊の本が、同じ車両にある。時刻を確かめられなくなっても、駅へ近づけばモーターがゆるみ、ドア上の表示が次を知らせた。
梓は久しぶりに、通知ではなく走行音の変化を待った。急かされるものがなくなると、一駅が思ったより長かった。
誰かからの特別な一通が、電源の切れたあとに届くかもしれない。届かないかもしれない。どちらでも、朝に充電すれば分かる。
終電が駅へ停まる。ドアが開き、雨の冷気が入る。青年は本を閉じ、別の出口へ向かった。会話も目礼もなかった。
梓は暗いスマートフォンを鞄の奥へ入れた。駅の時計は午前零時七分。誕生日は終わっている。
祝われた数をもう数えなくていい。家へ着けば、昨日自分で買ったプリンが冷蔵庫にある。今夜は画面のない七分を、一人で歩いて帰れそうだった。