水曜日は空欄

新居の冷蔵庫に、母は献立表を貼った。

月曜・焼き魚。火曜・鶏肉。水曜・煮物。木曜・麺。金曜・丼。土曜・外食可。日曜・作り置き。

透明なラミネート加工までされ、赤い字で〈菫の一週間〉と印刷されている。

「これなら迷わないでしょう」

「頼んでないよ」

「一人暮らしは最初が肝心なの。食生活が乱れると仕事も続かないから」

母はマグネットの位置を揃え、冷蔵庫を二度開けた。卵の向き、調味料の順番、冷凍ご飯の日付。引っ越し祝いに来たはずなのに、部屋は少しずつ母の台所になっていく。

菫は油性ペンを持った。

「何を書くの?」

「変更」

水曜日の〈煮物〉を黒く塗りつぶす。その上に、〈何もしない〉と書いた。

母が笑った。冗談を訂正するような笑いだった。

「何もしない日は献立じゃないでしょう」

「食べたいものがあれば買う。なければパン。寝たければ寝る」

「そんな生活、だらしない」

「水曜だけ、だらしなくする」

次に、土曜の〈外食可〉から「可」を消した。許可をもらう形になっているのが嫌だった。〈外食〉だけが残る。

母はペンを取り上げようとした。

「せっかく作ったのに」

「持って帰る?」

「あなたのためのものよ」

「じゃあ、私が使い方を決める」

菫は献立表を冷蔵庫から外し、裏返した。白い面が現れた。そこに大きく、〈食べたら丸〉とだけ書く。内容も時間も決めない。食べた事実だけを数える表にした。

「子どもみたい」

「うん。自分を育て直してるところ」

母の顔から笑いが消えた。台所の時計が、引っ越しの段ボールに遮られて半分だけ見えている。

「私が育て方を間違えたって言いたいの?」

「そういう採点もしない。これからの話だけする」

菫は新しい表を冷蔵庫へ貼った。母はしばらく見つめてから、鞄を持った。玄関で靴を履き、振り返らずに言う。

「ちゃんと食べたら、丸を付けなさいよ」

「私が付けたい日にね」

扉が閉まった。

その夜、菫は引っ越しそばをカップのまま食べた。湯を入れる時間を一分間違えて、麺は少し硬かった。それでも食べ終わったあと、冷蔵庫の白い面に丸を一つ描く。

翌日の水曜日は、まだ空欄だった。

空欄は、失敗の印ではない。何を入れても、何も入れなくてもいい場所だった。