氷球の最後の一滴

菓子競技会の審査員、久世原庸は午後一時二十二分、審査室で死んだ。卓上には薄桃色の飲料と、ほとんど融けた透明な氷球がある。毒物は口にして数十秒で作用する種類で、倒れる直前に最後の一口を飲んだと見られた。

容疑者は氷菓部門の御厨璃々、給仕長の汐見岳、同席予定だった評論家の雨城多佳。三人は一時から公開決勝の舞台にいた。御厨は調理台、汐見は司会席、雨城は解説席に立ち、配信映像から一度も消えていない。審査室の廊下には係員も立ち、舞台から抜ければすぐ分かる。一時二十分すぎに毒を入れるのは不可能だった。

久世原は午前中、御厨の受賞歴を取り消すと告げ、汐見の横流しを問い、雨城との共著を白紙にした。三人とも正午前後に審査室へ入っている。飲料は汐見が運び、雨城がグラスを選び、氷球は御厨が競技用の型で作った。

手掛かりは三つだけだった。第一に、毒はグラス上部の飲料からは出ず、底に残った最後の十ミリリットルだけへ集中していた。第二に、冷凍庫に残る予備の氷球の一つは外側が透明なのに、中心だけ乳白色に濁っていた。第三に、久世原の審査票には「氷球が完全に融けて香りが開いてから飲む」と、自筆で毎回同じ注意が書かれていた。

汐見が飲料全体へ毒を入れたなら、最初の一口で倒れる。雨城がグラスへ塗ったとしても、毒は上部から検出されるはずだ。最後の一滴だけを毒にするには、融ける順序を利用するしかない。

「毒は氷球の中心に封じられていました」私は予備球を灯りへ透かした。「外側が融けている間は無害で、乳白色の芯が最後に崩れた時だけ毒が底へ流れる。久世原さんが完全に融けるまで待つと知り、その氷球を成形した御厨さんにしか作れない仕掛けです。三人とも一時二十二分には舞台にいた。しかし殺人は正午、氷が凍らされた時に準備され、被害者が最後の一滴を飲むまで透明なアリバイの中で待っていたのです。毒を運んだのは人ではなく、融けていく時間でした」