消えた護符の解除時刻
聖光夜会の祝祷が始まる直前、聖女ポーリーヌの胸元で黒い光が弾けた。
彼女は絨毯へ膝をつき、首から下げていたはずの守護符が消えていると訴えた。すぐそばには、神殿財務を担当していたジュリアーナが立っていた。
「先ほど彼女に肩を抱かれました。そのとき護符を盗み、呪いを浴びせたのです」
婚約者オスカーは確認もせず、ジュリアーナの腕を衛兵へ差し出した。
「聖女の護符を奪うなど冒涜だ。ケスト家との婚約を破棄し、神殿への立ち入りを禁ずる」
ジュリアーナは一瞬だけ目を閉じた。七年間、オスカーの領地会計を立て直した手が、今は盗人の手として扱われている。けれど涙を見せるより、台帳の一行を確かめたかった。
「神殿監査官サロメ様。《守護符台帳》を開いてください」
黒い法衣のサロメが進み出た。彼女は誰の肩も持たず、腰から一冊の薄い金属板を外した。
王国の守護符はすべて台帳と対になっている。装着者が解除の祈りを唱えた場合、その時刻と本人の聖印が一度だけ刻まれる仕組みだ。
金属板に浮かんだ記録は明瞭だった。
午後八時十四分。装着者ポーリーヌ、自発解除。
ジュリアーナが彼女の肩へ触れたのは、午後八時二十分。守護符はその六分前に、聖女自身の祈りで無効になっていた。
「盗難の記録はありません。解除された護符は、今も聖女様の衣服の内側にございます」
サロメが台帳を閉じると、ポーリーヌは胸元を押さえた。隠していた鎖が、襟の隙間からわずかに覗く。
オスカーは周囲の冷たい視線を察し、声を低くした。
「聖女は呪いに動揺していたのだ。ジュリアーナ、婚約破棄も立入禁止も撤回する。君は帳簿の数字に細かすぎるところがある。今夜のことまで数える必要はない」
「数字を数えなかった結果が、今夜です」
ジュリアーナは衛兵の手を自ら外した。
「私は盗んでいないと証明されました。ですが殿下が私の信用を奪った事実は、台帳がなくても消えません」
サロメは東部神殿の監査章を掌に載せ、手を差し出した。
「不正な祈りを数える仕事です。誰の婚約者でもなく、あなたの名で署名できます」
ジュリアーナはオスカーに背を向け、監査章ごとサロメの手を取った。