消しゴムの下の言葉
資料保存の仕事をしている紫乃は、斜めから光を当てれば、消された鉛筆の跡を読める。
その技術を身につけてから初めて、高校時代の交換日記を机に置いた。
朋花とは、進学塾の帰りに日記を渡していた。二人とも同じ大学を目指し、模試の点数まで書き合った。
合格発表の日、紫乃だけが受かった。
翌朝、朋花から返された頁には、消しゴムをかけた跡が大きく残っていた。その下に、濃い文字で書き直されていた。
〈合格おめでとう。自慢の友達です〉
紫乃はその文章を信じたかった。けれど朋花は卒業式を休み、連絡も減った。合格祝いに選んでくれたはずの栞も、結局渡されなかった。自分が喜びすぎたから傷つけたのだと、紫乃は十年近く合格の記憶まで小さく畳んでいた。
保存用ライトを低く当てると、紙の凹凸から消された文が浮かんだ。
〈喜びたいのに喜べない自分が嫌い〉
その次の行には、さらに弱い筆圧で、
〈紫乃のせいじゃない〉
とあった。
紫乃は息を止めた。
朋花は嘘を消したのではなかった。羨望も祝福も、両方とも本当だった。十七歳の彼女は、矛盾した気持ちを一枚の紙に置く方法を知らず、きれいなほうだけ残したのだ。
今、紫乃の職場では同期の昇進が決まっている。祝いたい。けれど、自分が選ばれなかったことは悔しい。笑顔で花束を渡すか、欠席するかの二択だと思っていた。
交換日記を閉じ、紫乃は同期へのカードを開いた。
〈昇進おめでとう。心から嬉しいです〉
そこまで書いてから、別の紙を上司への面談申込書にした。
〈私は今回の結果が悔しいです。次に必要なことを教えてください〉
一つの頁に全部を書かなくてもいい。祝福と悔しさは、どちらかを消さなくても並んで存在できる。
退勤前、紫乃は朋花へ久しぶりにメッセージを送った。
〈昔の日記を読んだ。あのとき、私も嬉しいだけじゃなかったよ〉
すぐに返事は来なかった。
紫乃は待つ間、消しゴムの粉を机から払った。
今度は、どの言葉も一つも消さずに残した。