滑走路の三分前
雨谷絃生は、空港気象レーダーの表示が晴れている日ほど山へ登った。
反射板を立て、機械室へ戻り、画面の一点が本来の位置からどれだけずれるかを見る。海面の波や港のクレーンまで雨雲と誤認するため、季節ごとに補正を変えた。一度の調整に数日かかることもあった。
システム部長の柿澤宏成は、保守費削減の対象に絃生を選んだ。
「故障もしていない機械を何度も測るだけで年収を取る。典型的な給料泥棒だ」
絃生が、ずれは故障してから直すものではないと説明しても、柿澤は遠隔自動補正で十分だと言い、契約を切った。
夏の繁忙期、レーダーには海上の強い反射が映った。自動補正はそれを雑音として消した。実際には、着陸経路へ急速に育つ下降気流が重なっていた。
管制官が気づいたのは、先行機から揺れの報告が入った後だった。着陸便は急きょ別空港へ向かい、滑走路は閉鎖。事故にはならなかったが、百便以上が遅れ、空港で夜を明かす客がロビーを埋め、航空会社は空港側へ損害を請求した。
調査委員会は、補正基準が半年更新されていないことを突き止めた。柿澤が「自動化による効率化」として、絃生の現地点検を廃止していた。
その頃、絃生は気象技術の新会社で、小型レーダーを三台組み合わせる仕組みを作っていた。海面反射を消すのではなく、角度の違いから雨雲だけを浮かび上がらせる。地方空港の試験では、下降気流を三分早く検知した。
全国空港連合の採用試験の日、同じ夏雲が近づいた。
旧システムは「異常なし」と表示した。絃生の画面には、滑走路手前の赤い渦と、回避すべき時刻が出た。管制官は着陸を待たせ、三分後、猛烈な雨が滑走路を叩いた。
審査室で柿澤が言った。
「一度の成功で全国導入は早計です」
連合代表は、過去一年の検証記録を開いた。
「一度ではありません。雨谷さんは、何も起きない三分を千回作っています」
全国二十八空港の更新契約が新会社へ確定した。旧システムの保守契約終了日も、同じ画面に表示された。