濁り鍋から星空を
王立料理院の卒業試験は、透明な肉汁を作ることだった。
合格者は王宮厨房へ入り、不合格者は一年分の学費を払い直す。澄人は奨学金で通う唯一の平民で、再試験を受ける金はない。試験官は彼の鍋だけ強火へ移し、濁った瞬間に『腕の差だ』と笑った。証拠は残らず、鍋の失敗だけが残った。
九条澄人の鍋だけが、泥水のように濁っていた。試験官は、彼が平民枠で入学したことを嫌っている。
「終わりだ。捨てて帰れ」
濁りは味ではなく見た目の失敗だ。澄人は鍋を捨てず、卵白と細かく刻んだ屑肉を冷たい汁へ混ぜた。
「ごみを増やしてどうする」
試験官の声を背に、弱火へ戻す。
使った知識は一つ。卵白が熱で固まるとき、汁の細かな濁りを巻き込んで浮かび上がる。
鍋の表面に灰色の蓋ができた。受験者たちは失敗が悪化したと思い、鼻を押さえた。だが灰色の塊の下では、濁りが少しずつ消えていく。澄人は鍋をかき回さず、表面の蓋を壊さない。中央の穴から、下に隠れた液だけをすくった。
最初の一滴が銀器へ落ちたとき、試験官の笑いが止まった。澄人は中央へ小さな穴を開け、その下から静かに汁をすくう。
銀の器へ落ちた液体は、先ほどと同じ鍋から出たとは思えないほど澄んでいた。器の底に刻まれた星の模様が、一つ残らず見える。
試験官の完成品も透明だった。だが学院長が器を光へ掲げると、試験官の汁にはわずかな油膜があり、星の輪郭が揺れた。澄人の汁では、最も小さな星の角まで鋭く見える。濁らされた鍋を捨てず、元より澄ませた事実が、その場の全員に見えていた。だが一口飲み比べた学院長は、澄人の器を置かなかった。屑肉の旨味まで加わり、香りが深い。
「捨てろと言われてから、何分だ?」
「十二分です」
「材料費は?」
「卵白一個。黄身は菓子房へ回せます」
澄人は余計な説明をせず、濁ったまま諦めていた隣の候補者の鍋も同じように澄ませた。器の底に、また星空が現れる。
学院長は卒業証書を一枚取り出した。試験官が用意していた不合格印を押しのけ、王家の紋章印を打つ。
「卒業では足りん。来月開く清澄汁部門の講師として採用する」
試験官の席札が外され、その場所へ澄人の名札が置かれた。