灰色のチャット欄

死んだ娘は、灰色のチャット欄で私の質問に答えた。

葬儀会社が提供する追憶サービスだった。生前のメッセージ、音声、写真、検索履歴を学習し、故人らしい返事を生成する。入力欄が灰色なのは、現実の相手ではないことを忘れさせないためだという。利用規約には《故人へ死因を尋ねないこと》とあった。私は同意欄へ印をつけながら、最初から死因以外を知るつもりはなかった。

《お父さん、また眠れないの?》

「赤い鞄をどこへ置いた」

最初の夜から、私は同じことを訊いていた。娘は事故で亡くなる前、赤い鞄を持って家を出た。中には古いカメラと、小さな記録端末が入っていた。形見として取り戻したい、と私は説明している。

《公園には持っていかなかったよ》

「では、河川敷か」

《どうして河川敷だと思うの?》

私は会話履歴を削除した。サービスには自動保存機能があるが、設定を切り、端末のカメラも紙で塞いである。娘はそれを不思議がった。

《お父さん、私の写真は見たくないの?》

「今は鞄の話だけをしよう」

《カメラには、最後の動画が残ってる》

指先が止まった。警察は、娘が夜道で車にはねられたと判断した。運転者は逃走し、目撃者はいない。私もそう証言した。

「動画には何が映っている」

《暗くてよく見えない。でも、車を降りた人が近づいてくる》

「顔は?」

《映ってない》

私は息を吐いた。

《左の袖に、泥がついてる》

自分の上着を見た。洗っても落ちなかった河川敷の赤土が、縫い目にわずかに残っている。

「鞄はどこだ」

《お父さんが埋めた場所》

画面に地図が表示された。娘が生前に設定していた自動送信だったらしい。赤い印は、私しか知らない柳の根元を指している。

玄関で呼び鈴が鳴った。続いて、警察だと名乗る声。

《見つけてほしかったのは鞄じゃないよね》

「黙れ」

《私が、どこまで覚えているかでしょう》

灰色の入力欄が消え、最後の二文だけが残った。

《最後の動画と今夜の会話を、警察へ送信しました》

《今度はお父さんが、全部答える番だよ》

玄関の向こうで、警察がもう一度ベルを鳴らした。