焼きおにぎりの裏側

三輪田文乃の職場へ、母から焼きおにぎりが届いた。受付の紙袋に、弁当箱と「返事はいりません」という短いメモが入っていた。二人は一年半、会っていない。

文乃が母と連絡を絶ったのは、転職を反対されたからだった。安定した会社を辞めるなんて甘えだと言われ、勢いで家の鍵を返した。転職先は半年で倒産し、今は契約社員として働いている。来月の家賃を払えば、貯金はほとんど残らない。

母に助けてと連絡したい。けれど、ほら見なさいと言われるのが怖かった。それ以上に、自分から絶縁したくせに困ったときだけ戻る娘になるのが嫌だった。その悩みを友人にも話せず、昼休みを一人で過ごしていた。

弁当箱には焼きおにぎりが一個だけ入っていた。醤油の焦げた香りがし、表側は濃い茶色に焼けている。裏返すと、中央だけ白いままだった。文乃は熱いものが苦手で、母は昔から片面をあまり焼かなかった。冷えた今でも、その癖は残っていた。

文乃は白い裏側からかじった。米は柔らかく、表へ近づくほど歯に固く当たる。母が自分を正しいと思っていることと、娘の口の弱さを覚えていることは、同時に存在するらしい。

半分食べて手を止めた。連絡すれば、すぐ仲直りしなければならない気がしていた。謝罪も説明も、過去の言葉の採点も必要になると思っていた。けれどメモには、返事はいらないとある。母も一度で全部を決めようとしていない。

文乃は焦げた表側を最後に食べた。少し苦く、噛むほど醤油の味が濃かった。きれいな味ではない。それでも捨てたいほどではなかった。

空の弁当箱を洗わず、紙袋へ戻す。代わりに家賃の振込用紙を入れかけ、やめた。助けを求める前に、まず隠すのをやめる。

母へ「仕事がなくなりかけてる」と一行だけ送った。

送った一行は、仲直りの申し込みではなかった。母の家へ戻る約束でもない。ただ、文乃の暮らしにひびが入っていることを、母の知らない出来事にしないための一行だった。焦げ目の苦さを食べたからといって、昔の言葉まで甘くしなくてよかった。

既読がつく前に、文乃は箱の裏側についた白い米粒を一つ、指で取って食べた。