焼成しない器

陶芸室の長机に、形の違う湯呑みが三つ並んでいた。

幾田つむぎの器は薄く、戸倉征也の器は重く、富岡瑠花の器には取っ手が二つ付いている。明朝、卒業窯へ入れるはずだった。

「私のは焼かない」とつむぎ。

「乾燥が足りない?」と征也。

「陶芸をやめるから」

瑠花は笑いかけ、つむぎの顔を見てやめた。

つむぎは土壌研究の大学院へ進む。土は好きだが、器にして値段を付けることが、最後まで好きになれなかった。

「土を調べるのに、土を焼かないの?」

「焼いたら戻れないでしょ」

三人が初めて土を練った日、征也は空気を抜きすぎ、瑠花は水を足しすぎ、つむぎだけがちょうどよかった。講師は彼女の手を〈器を作る手〉と褒めた。その言葉を、つむぎは四年間返せずにいた。

「向いてることをやめるのって、下手だからやめるより説明が難しいね」

征也は山間の窯元へ弟子入りする。「俺は百年、同じ形を作る」

瑠花は生活用品メーカーへ行く。「私は十万人が同じ皿を使うようにする」

つむぎは自分の器を指で回した。「私は、皿になる前の土を掘る」

三人はそれぞれの未来を口にし、しばらく湯呑みを見た。続ける二人と、素材へ戻る一人。誰が先へ進み、誰が逃げるのか、言葉にすれば全部間違いそうだった。

征也がつむぎの器を持ち上げる。「これだけは焼こう。最後なんだから」

「最後だから焼かないの」

「割れたら?」

「水に戻す」

つむぎは桶へ器を沈めた。薄い縁が水を吸い、指で押すと静かに崩れる。瑠花が息を呑み、征也は何も言わなかった。

征也は窯へ入れる二つの器の底に、三人の頭文字を彫ろうとした。つむぎが止める。『私の名前まで焼き固めないで』。瑠花は自分の一文字だけを削り、征也も続いた。二つの器は、作者名のないまま火を待つことになった。つむぎは彫りかけの一文字を、指の腹で静かに潰した。

二つの器だけが窯の棚へ運ばれた。つむぎの席には濡れた布と、湯呑みの丸い跡が残る。桶の底では、器だった土が沈み、まだどんな形にもなれる顔をしていた。