爪とぎの裏側
猫が、段ボールの爪とぎの中央へぴたりとはまっていた。
余命を告げられて帰宅した池端琴子は、玄関に立ったままその姿を見た。
長方形の爪とぎは真ん中だけ深く削れ、舟のようにへこんでいる。猫はそこへ腹を沈め、琴子を見上げても動かなかった。玄関には病院でもらった白い封筒、食卓には朝のコーヒーの跡。部屋の中で変わったものは何もないのに、猫だけが妙にぴったり収まって見えた。
新しい爪とぎは押し入れにある。先月まとめて買った三枚組の最後の一枚だ。箱の角には、猫が届く前から噛んだ跡がある。通販の段ボールを開けると、自分のものだと分かるらしい。琴子はそれを出しかけ、手を止めた。今の爪とぎは表面がなくなっただけで、裏はまだきれいなはずだった。
猫を抱き上げると、短く不満を言った。爪とぎの枠から段ボールを抜く。細かな紙くずが床へ散り、裏返すと、波形の面がほとんど手つかずで残っていた。
「半分しか使ってないじゃん」
猫は答えず、押し入れの新品へ鼻を寄せる。新品の匂いを知っているらしい。
琴子は掃除機を出した。削りかすだけを吸うつもりが、猫の毛、乾いた葉、何かの袋の切れ端まで集まった。病院から帰った日にする掃除としては範囲が広がりすぎている。琴子は爪とぎの周り一メートルで止めた。
枠の内側を濡れ布巾で拭く。隅には爪の薄い欠片までたまっていた。乾いた面で水気を取り、裏返した段ボールをはめる。四隅が少し引っかかり、押すたび別の角が浮いた。琴子は膝で枠を固定し、両手で均等に押し込んだ。
医師は、治療をしても半年ほど、と言った。猫の餌を半年分買う話ではなかったのに、琴子は帰りの電車で、三枚組をもう一度注文すべきか考えていた。今は注文しない。使える面を使ってからでいい。
段ボールが枠の底へ収まる。新品のように平らな面が上を向いた。
琴子が猫を床へ下ろすと、猫は古い匂いを確かめるように一周した。新品の箱を一度見てから、前足を伸ばす。ざり、と最初の一本が、裏側だった面にまっすぐ刻まれた。