牛蒡つくねの筋
研究室のパソコンには、提出できない論文が三か月分たまっていた。
書いては消し、資料を増やし、また最初へ戻る。指導教員からは「途中でもいいから送って」と言われている。だが途中を見せれば、理解の浅さがばれる。完成を待っているうちに、締切まで二週間になった。画面には参考文献だけが増え、本文のカーソルは同じ段落で点滅している。点滅を見ている時間まで、作業したことに数えていた。
大学の裏手にある居酒屋へ初めて入ると、奥で無口な常連が文庫本を読んでいた。余白には鉛筆の書き込みが多く、同じ行に何本も線が引かれている。僕が鞄から資料を落とすと、その人は拾わず、散らばった紙が暖房の風で飛ばないよう、湯呑みを一枚の端へ置いた。
注文した牛蒡つくねが焼き台へ並ぶ。脂が落ち、じゅっと煙が上がった。甘い醤油だれと、土のような牛蒡の匂いが混じる。割ったつくねから湯気が立ち、断面には細い牛蒡が何本も走っていた。
一口噛むと、肉は柔らかいのに、牛蒡の筋が歯へ残った。均一ではない。その筋のおかげで、丸いつくねが崩れずにいる。
「牛蒡、多すぎませんか」
店主に聞くと、返ってきたのは短い言葉だった。
「うちは、これくらい」
正解の比率を説明する気はないらしい。
奥の常連は書き込みだらけのページへ新しい線を引いた。きれいな本にするつもりなら、そんな読み方はしない。読んだ途中の跡を残すための線だった。
僕はスマートフォンで指導教員宛てのメールを開いた。完成版ではなく、今ある第三章までを添付する。件名に『未完成稿』と入れ、論点が定まっていない箇所を三つ書いた。送信前、恥ずかしさで指が止まったが、締切そのものを隠すよりましだった。
明日は返事が怖くても研究室へ行く。赤字で埋まるかもしれない。根本からやり直しになるかもしれない。その不安は皿の外へ置けなかった。
最後のつくねには、いちばん太い牛蒡が入っていた。噛むたびに土の香りが増し、甘いたれの中で、細い筋だけが最後まで形を残した。