王は地下に隠されている
夜の自然史博物館で、警備員の鴨脚真冬は収蔵庫前の会話を聞いた。
館長が学芸員へ言う。
「王は偽物に替えておけ」
「本物は地下へ?」
「ああ。市長にはまだ知らせるな。明日の式典は偽物で乗り切る」
真冬は巡回端末を握りしめた。
明日は外国の王族を招く記念式典。博物館が王をすり替えるとは、国際事件ではないか。
彼は同僚へ無線を飛ばした。
「館長が王を地下へ監禁した」
『人間の王?』
「本物を隠し、偽物を式典へ出す」
『蝋人形か?』
「分からない。だが市長にも秘密だ」
『博物館なら替え玉の材料は豊富だな』
「歴史展示の発想で犯罪を補強するな」
二人は館長へ探りを入れた。
「王様は、お元気ですか」
館長はため息をつく。
「首が弱っている」
「首を?」
「少し動かすだけで落ちそうだ」
同僚が青ざめる。
「護衛は」
「いらない。もう死んでいる」
「死体を式典に?」
「来館者は、それを見に来る」
真冬は県警へ連絡しかけたが、まず現場を押さえることにした。
閉館後、館長たちは巨大な木箱を台車に載せ、地下へ運び始める。
「慎重に。歯が一本でも欠けたら大損だ」
「王族の歯まで売る気か」と同僚。
「録音している。自白は十分だ」
二人は地下収蔵庫へ踏み込んだ。
「動かないでください! 本物の王を返してもらいます」
館長は目を丸くした。
「何の王だ」
「明日の式典へ出す王です」
学芸員が木箱を開けた。
中には巨大な頭骨が入っていた。ティラノサウルスの実物化石で、館内では〈恐竜王〉と呼ばれている。
「首の支持金具に亀裂が見つかったんです」と学芸員。
「修理中は精密複製を展示します。市長へは明朝、説明する予定でした」
真冬は無線を下ろした。
「では、地下へ隠した王族は?」
館長が頭骨を指す。
「白亜紀の方です」
翌日の式典で、真冬は複製標本の横に立った。
同僚が小声で言った。
「県警へ連絡しなくてよかったな」
「途中まで番号を押した」
「何と説明する気だった?」
「王族誘拐事件」
「白亜紀からの時効を確認されるぞ」
偽物を守る仕事だけは、本物だった。