王子の血から竜を釣る

釣り人ニノンは、王宮の池から追い出されるところだった。

王族の観賞魚を一匹も釣れなかったからだ。魚を傷つけず移すため雇われたのに、貴族は竿を持つ平民を泥臭いと嫌った。侍医は「病人のそばへ川女を近づけるな」と唾を吐いた。

彼女の技能は、水辺を離れれば無価値とされている。

【職業技能《釣り上げ》:水中にいる対象一つへ針を掛け、岸まで引き上げる。】

その日の午後、幼い王子が倒れた。

手足の血管が青黒く浮き、胸の下で細長い影が動く。敵国が水杯へ仕込んだ《血泳竜》だった。孵化した幼竜は血の流れを泳ぎ、心臓へ着けば成体となって王子を内側から食い破る。

治癒魔法を浴びせれば幼竜まで回復する。切開すれば逃げる。侍医たちは顔色を失い、責任を押しつけ合った。

ニノンは王子の指先から落ちた一滴を見た。

血の大半は水だ。

幼竜は、その水の中を泳いでいる。

ならば王子の身体は、魚のいる池と変わらない。岸は皮膚の外側だ。

彼女は最も細い銀針へ糸を結び、王子の指先へ触れさせた。針は傷をつけず、赤い水の中へ沈んでいく。

「釣り人に必要なのは、魚より先に慌てないこと」

胸の影が針を餌と思い、食いついた。

竿が大きくしなる。ニノンは池で巨大魚を相手にするように、走らせ、疲れさせ、血管を傷つけない角度で少しずつ寄せた。

最後に王子の指先から、青い小竜が水滴とともに飛び出す。ニノンは用意していた金魚鉢へ落とし、蓋を閉めた。

王子の血管から黒色が引き、呼吸が整う。

侍医が薬の功績だと言いかけたとき、金魚鉢の幼竜が彼の顔へ毒液を吐いた。硝子に遮られ、液はゆっくり垂れる。

ニノンは王子の枕元へ竿を置いた。

「観賞魚が一匹、増えました」

王子は目を開けると、最初にニノンの荒れた指を握った。釣り糸で切れた小さな傷へ、侍医が慌てて薬を塗る。王は褒賞として池を与えると言ったが、彼女は敵国へ血泳竜を売った者の名簿を求めた。金魚鉢の小竜は、その名を聞いた瞬間だけ激しく尾を振った。

【職業《釣り人》が上位職《生命釣聖》へ書き換わりました。】