王様を笑わせた一個の卵
王宮料理競技の決勝直前、パメラの食材庫は空にされていた。
残っているのは塩と水だけ。対戦相手の宮廷料理長は、豪華な肉と香辛料を並べて笑っている。
「平民食堂の娘が王の皿へ触れようなど、百年早い」
しかも国王は、呪いで一週間何も食べられずにいた。香りを嗅ぐだけで吐き気がするという。勝敗より、今夜までに一口でも食べさせなければ命が危ない。
パメラは料理人登録でもらった《初回十連》を調理台で開いた。
木べら、布巾、胡椒粒など九品。十個目は、ごく普通に見える白い卵だった。
《新鮮な卵/おすすめ:半熟》
「卵一個で王を救うつもりか」
料理長の笑い声を背に、パメラは湯を沸かした。派手な料理は作らない。殻を割り、塩をひとつまみ。弱火でふわりと固め、小さな半熟卵を白い皿へ載せた。
国王の前へ運ぶと、黒い呪気が鼻先で渦を巻いた。
ところが卵の黄身が揺れた瞬間、呪気が糸のように皿へ吸われる。黄身は一度だけ黒く染まり、すぐ黄金色へ戻った。
国王は恐る恐る匙を入れた。
一口。
二口。
そして皿を傾け、最後の一滴まで食べた。
「……うまい」
一週間ぶりの声だった。続いて腹が大きく鳴り、国王自身が吹き出す。張り詰めていた広間にも笑いが広がった。
「同じものを、もう一皿」
「卵は一個しかありません」
パメラが正直に答えると、空になった殻の中で、ことん、と新しい卵が生まれた。
宮廷料理長の顔から笑みが消える。
国王はパメラへ厨房長の鍵を渡した。
宮廷料理長は、自分の豪華な皿こそ呪いを解いたのだと言い張った。国王は二皿目の半熟卵を彼へ差し出す。料理長が口をつけても、卵はただの卵の味しかしない。「必要な相手へ、必要な一皿を出した者が勝者だ」と国王は告げた。高価な材料の数ではなく、空になった皿が判定だった。
パメラは厨房長の鍵を受け取る代わりに、一つ条件を出した。身分にかかわらず、味見役は料理人と同じ食卓で食べること。毒見だけを押しつけられてきた下働きたちが顔を上げる。最初の新しい規則は、豪華な献立ではなく、同じ皿を囲むことだった。
《神話級〈始まりの卵〉/食べる者に不要な呪いを一つ吸収。残数:常に一個》