甚平のポケット
クラスで一番騒がしいやつが、祭りでは一番静かだった。
黒い甚平を着て、家族の焼きそば屋台を手伝っている。学校では授業中も話し続けるのに、鉄板の前では注文を復唱し、釣り銭を間違えず、黙々と麺を返していた。
「似合わない」
僕が言うと、彼は額の汗を拭いた。
「働く人に最初に言うことか?」
僕は部活仲間と来ていたが、みんな先に花火の場所取りへ行った。彼の屋台には列ができている。
「手伝おうか」
「客が鉄板に近づくな」
追い払われ、隣のベンチで待った。
店じまいが終わったころ、最初の花火が上がった。彼は売れ残りの焼きそばを二つ持ってきて、隣に座った。
「間に合わなかったな」
建物の屋根で、花火は上半分しか見えない。
「毎年こんな感じ?」
「小学生から」
学校で見せる顔より、今のほうが長い時間を生きてきた顔に見えた。
彼は甚平のポケットから、大学案内の折れた紙を出した。
「進学、やめるかも」
卒業後は家の店を継ぐよう言われている。父親の腰が悪く、来年から手伝いが必要らしい。
「行きたいんだろ」
「行きたいよ」
大きな花火が上がった。彼が続けた言葉は音に消えた。
「何?」
「何でもない」
僕は聞こえていた。
――お前が羨ましい。
僕は推薦が決まり、進路の不安がないと思われている。けれど、家を離れることが怖い。親の期待どおりの学部を選んだだけで、本当に行きたい場所かも分からない。
「僕もお前が羨ましい」
今度は花火が途切れたときに言った。
彼は驚いた顔をした。
「何が」
「帰る場所が決まってること」
「それ、決められてるって言うんだよ」
「僕も同じ」
半分ずつしか見えない花火を前に、僕らは初めて進路の話をした。学校では笑い話にしていた部分を、甚平のポケットから一つずつ出すように。
最後の花火が終わると、彼は大学案内を折り直した。
「一応、受ける」
「店は?」
「落ちたら継ぐ」
「逃げ道みたいに言うな」
「お前も本当に行きたい学部、考えろ」
僕らは焼きそばの容器を重ねた。
翌日、教室の彼はまた騒がしかった。僕も推薦が決まった顔をしていた。
けれど机の下で、彼は新しい大学案内を僕へ見せた。僕は変更用の進路希望調査票を見せ返した。
誰にも聞こえない声で、二人同時に笑った。