生者だけを映す欠け鏡
古道具店〈朝の裏側〉には、右上が大きく欠けた姿見があった。
夜になると鏡面の奥を白い影が横切るため、近所では呪いの鏡と呼ばれている。店主エルダムには、その逆だと分かっていた。鏡は呪われたものを映さない。生きているものだけを、頑固なほど正確に映す。
雨の夜、退魔司祭ハザムが銀杖を抱えて入ってきた。目の下には深い隈がある。
「生者と亡霊の区別がつかなくなった」
三日前、墓所の瘴気を浴びて以来、彼には死者が生前と同じ姿に見える。声も体温も感じるため、浄化すべき相手を見分けられない。翌朝までに寄宿学校へ巣食う悪霊を祓えなければ、子どもたちが校舎ごと封印されるという。
「真実を見抜く聖水は?」
「飲み物は置いていません。代わりに、嘘をつかない欠け物があります」
エルダムは姿見の布を外した。
鏡には店主とハザムが映った。だがハザムの肩へ手を置いている白衣の女は映らない。
彼が息を止めて振り返ると、そこには確かに女が立っていた。
「三年前に亡くなった姉です。ずっと俺を責めている」
鏡の中では、肩に手などない。代わりにハザム自身の指が、罪悪感で外套を掴んでいるのが見えた。
「死者が何を語るかは、この鏡にも分かりません。ただ、生者の手がどこにあるかは分かります」
ハザムは鏡の前で銀杖を振った。店主の胸を通れば鏡像の杖も止まる。白衣の女を通り抜けても、鏡には何も起きない。
「これなら、子どもを傷つけずに済む」
彼は大きな鏡を背負い、雨の中へ消えた。
翌日の昼、ハザムが戻った。寄宿学校で泣いていた三十人のうち、鏡に映らなかったのは一人だけだった。悪霊を祓うと、封印命令は撤回されたという。
「姉も消えた?」
エルダムが尋ねると、彼は首を振った。
「まだ見える。でも、責める声が姉のものか、俺のものかは分かるようになった」
彼は値札より多い聖銀貨を置いた。
「余分は、子どもを一人も誤って祓わなかった分だ」
欠け鏡を慎重に運び出した背中が雨上がりの通りへ消える。
エルダムが鏡のあった壁に朝日を見た瞬間、二度目のドアベルが鳴った。