白い防音室

蓮見灯がギターの一弦を鳴らすと、白い防音室に細い光のような音が走った。

「今日は切れなかったね」と国見千紗。

「弦も私も、しぶといから」

柚木郁弥はベッド用の折り畳みテーブルに小さなキーボードを置き、音量を一つ下げた。三人は長期入院病棟の学習室で知り合い、看護師に頼み込んで週一回だけ、この防音室を借りていた。

バンド名は〈退院未定〉。冗談でつけた名前だった。

今夜が最後の練習になる。

「灯、明日退院だっけ」

「うん。月曜から前の高校」

「制服、入る?」

「そこ心配する?」

千紗は笑った。来月、十八歳になる彼女は成人病棟へ移る。オンライン高校へ転校し、この建物の別の階で卒業を目指す。

郁弥は二日後に手術を受ける。成功率の数字を、三人は一度も口にしなかった。

「退院したら動画送って」と郁弥。

「学校、撮影禁止」

「じゃあ校歌を録音」

「嫌だ。そっちこそ、手術終わったら新曲」

「鍵盤持ち込めたらね」

千紗が膝の上の練習パッドを指で叩く。

「私は?」

「同じ建物じゃん」と灯。

「階が違うと、外国より遠いよ」

最後に演奏したのは、三人で作った一分半の曲だった。歌詞はなく、灯のギターが息をし、郁弥の鍵盤が脈を打ち、千紗の指が一定の歩幅を刻む。

途中で郁弥の手が止まった。灯も千紗も演奏を止めず、空いた小節をそのまま進んだ。郁弥は次のサビから戻り、何事もなかったように和音を重ねた。

曲が終わると、廊下の消灯放送が流れた。

「また三人で」と灯が言いかける。

千紗が首を振った。

「約束すると、守れなかった人が悪くなるから」

三人は、代わりに次の一音だけを約束した。灯は学校で、千紗は別の階で、郁弥は目を覚ました場所で、同じ時刻に机を一度叩く。

看護師が迎えに来た。灯はギターを持ち、郁弥は車椅子へ移り、千紗は練習パッドを抱えた。

白い部屋には折り畳み椅子が一脚残った。背もたれには三人で貼った〈退院未定〉のシールがあり、誰かが最後の二文字だけを爪で削っていた。