白紙の戸籍

戸籍簿から名を焼き消せば、その名に下された命令も罪も消える。ただし、火をつけた者の名が空欄へ書き込まれる。

王立記録庫の夜番フェルナは、処刑者名簿の一頁を開いた。

明朝、イオザは鐘楼前で首を落とされる。罪状は王印の偽造。けれど偽の命令書を見つけたのは彼で、署名した役人を告発しようとして、先に名簿へ載せられた。

「証拠を持って逃げて」

面会のとき、イオザは鉄格子越しに言った。「君まで巻き込まれるな」

フェルナは返事の代わりに、彼の手へ記録庫の鍵を押しつけた。彼は使い方を知らない。鍵は外からしか回らないからだ。

戸籍簿の上で、イオザの名は赤い糸に囲まれていた。火を当てれば、処刑命令も逮捕状も、彼を罪人とする記録も一緒に消える。朝、牢番はなぜ彼を閉じ込めたのか分からなくなり、扉を開ける。

代わりに空欄がフェルナの名を選ぶ。

彼女は火口箱を開いた。

記録庫には、自分が十年かけて整えた帳簿が並ぶ。紙の上では、人は名を持つかぎり、家も仕事も明日も持てる。昇進試験の結果も、部屋の賃貸契約も、来春イオザと結ぶ予定だった婚姻届も、すべて名でつながっている。罪人として書き換えられれば、それらは一夜で彼女を拒む。

廊下で靴音がした。

上司が見回りに来る時刻だ。迷っている暇はない。

フェルナは小さな炎を頁へ近づけた。紙の匂いが立つ。

「あなたは、私を探すかしら」

問いかけても、いない恋人は答えない。

名簿が燃えれば、イオザの中から彼女が消えるわけではない。だが明朝、彼が自由になったとき、フェルナは処刑台の側にいる。罪を移された女として。彼が助けに来れば、また捕まる。来なければ、彼女は一人で死ぬ。

だから鍵を渡した。逃げろという命令を、今度は自分から残すために。

火を落とす。

赤い糸が縮れ、イオザの名が黒く丸まった。文字は煙になり、空欄だけが残る。

その白い場所から、細いペン先の音がした。

誰も持っていない羽根ペンが、ゆっくりと新しい文字を書き始める。

フェルナは目を逸らさなかった。

最初の一画が、自分の名の形を取った。