百二十キロの空箱

工作機械メーカーの売掛債権買取会議で、猪苗代奈々は運送会社の配車事務として、精密モーター六十台の配送証明を求められた。メーカーは販売会社へ四億円で納品し、その請求書を銀行へ売って資金化する予定だった。

納品書には「六十台、受領済み」。販売会社の倉庫印も押されている。運送伝票の総重量は百二十キロだった。

奈々は製品仕様書を開いた。モーター一台は梱包込み八十二キロ。六十台なら四千九百二十キロになる。百二十キロでは、木箱六個分の空容器しか運べない。

メーカー営業部長は、重量欄が一梱包分だと説明した。

だが伝票の梱包数は六、総重量百二十キロ。車両も二トントラック一台で、六十台を積める大きさではない。荷台写真に写っていたのは、緩衝材だけ入った木箱だった。

販売会社の受領印を調べると、倉庫印ではなく、メーカーが以前提出させた口座登録書の印影を貼り付けた画像だった。紙の裏に朱肉はなく、右上の欠けまで一致している。

六十台の製造番号も実在しなかった。M4101からM4160と記載されているが、工場台帳はM4124で止まっている。残り三十六台は生産前で、部品すら未入荷だった。

営業部長は、販売会社が先に購入し、完成後に順次引き渡す契約だと言い換えた。

奈々は契約書の危険移転条項を指した。売上計上は「全量の物理的引き渡し完了時」。前受契約ではない。

運送会社との取引を切ると脅されても、奈々は配送証明へ印を押さなかった。

「百二十キロで運べたのは、六十台ではなく六個の空箱です」

奈々は担当運転手を会議へつないだ。運んだのは空箱六個で、「展示会後に返却する梱包材」と指示されたと証言した。荷下ろし先も販売会社ではなくメーカーの第二倉庫だった。配送伝票の宛先は、到着後にシールを重ねて変更されている。

銀行役員が債権買取の承認書を閉じた。四億円の請求書は、足りない四千八百キロを越えて現金になれなかった。