皮膚で綴る封印

召喚円の中央で、悪魔ピルカが鎖を引きちぎろうとしていた。

書記アメツは床へ膝をつき、封印契約の続きを書く。悪魔の文法で記した一行は、紙ではなく書き手の皮膚から一枚の頁となって剥がれる。それが契約の代価だった。

第一条を書き終えると、左腕の皮膚が手袋のように抜け、羊皮紙へ変わった。赤い筋肉が露出し、血が文字の縁を濡らす。

「痛いか」とピルカが笑う。

「読めるなら黙れ」

第二条で右脚。第三条で背中。頁は宙へ浮かび、召喚円の周囲を回り始めた。

本来の封印役イレドは、既に床で息絶えている。悪魔を呼んだ領主たちは逃げた。残ったのは、契約書を読むことしかできない書記一人だった。

ピルカの爪が円の外へ半分出る。

「あと二条では足りぬ。私の真名、命令範囲、破棄不能、継承禁止。最低でも四条だ」

アメツは知っていた。残る皮膚は胸、顔、掌だけ。全部使えば生きていても、人の形を保てない。

第四条を書いた。胸の皮膚が剥がれ、幼いころ母がつけた火傷の跡も頁になった。

第五条。掌が剥がれ、指紋が文字へ変わる。ペンを握れなくなり、骨の指へ布を巻いた。

第六条を書こうとすると、血で滑った。

ピルカは肩まで円を越えている。

「顔を使え。おまえの名も、目も、口も、よい紙になる」

アメツは鏡板を床へ置き、自分の額から頬までを最後の頁として剥いだ。痛みで視界が白くなる。それでも裏側へ第六条を書いた。

――契約対象ピルカは、この契約書そのものに封じられる。

六枚の皮膚が悪魔へ巻きつき、一冊の本へ閉じた。爪も牙も叫びも、表紙の下へ吸い込まれる。召喚円が静まった。

夜明け、衛兵は書庫で一冊の封印書と、壁にもたれた人影を見つけた。

人影は生きていた。けれど全身が赤い薄膜に覆われ、顔には眉も唇も指紋のような皺もない。胸にあった名前の刺青も、六枚目の頁へ移っていた。

「あなたは誰だ」

尋ねられた書記は答えようとした。口のある場所が分からない。

封印書の表紙だけが、彼に代わって文字を浮かべた。

《契約者アメツ》

その名はもはや身体ではなく、悪魔を閉じ込めた本の所有物になっていた。