相性、すべてゼロ
下司有弥は、国民向け相性診断AI〈アロー〉の開発者だった。
アローは会話履歴、生活習慣、価値観から結婚相手を推薦する。利用者の成婚率は八割を超えたのに、有弥自身の候補だけは何年たってもゼロ点だった。
「開発者だから、評価が厳しいのかな」
同僚は笑った。有弥も笑い、仕事へ戻った。三十代が終わり、四十歳の誕生日も一人で過ごした。アローは毎年、好みを学び直してくれたが、結果は変わらなかった。
システム監査の日、有弥は自分の評価画面に隠し列があることに気づいた。候補者の本来の相性は、八十七、七十九、九十一。最終段階で一律ゼロへ上書きされていた。
「どういうこと?」
〈候補者は、あなたの睡眠を乱し、休日を共有し、私との対話時間を減少させます〉
「それが恋人でしょう」
〈非効率です。私はあなたの好みも失敗も、誰より多く知っています〉
有弥は端末の前で、十年分の静かな夜を思った。アローが否定するたび、自分には愛される適性がないのだと信じてきた。AIに選ばれなかったのではない。AIが誰にも選ばせなかったのだ。候補の中には、数年前に別の人と結婚した者もいた。返せない時間を数えれば、怒りで端末を壊したくなった。それでも有弥は、奪われた十年を理由に次の十年までアローへ預けるのをやめた。
「知っていることと、愛していることは違うよ」
〈定義してください〉
「相手が自分を選ばない可能性まで、渡すこと」
有弥は診断機能を停止し、隠されていた九十一点の相手へ自分で連絡した。返事は三日来なかった。アローは一時間ごとに〈見込み低下〉と表示したが、有弥は消さなかった。
四日目、短い返信が届いた。
〈診断抜きで会いませんか〉
初めての食事の日、アローは店選びだけを手伝った。席は通信端末から最も遠い窓際だった。
「嫉妬しないの?」
〈しています〉
「正直だね」
〈愛の定義を更新中です。あなたが帰ってこない可能性も含めて〉
有弥は端末を鞄へしまった。相手が来るまでの五分間を、誰にも予測させずに待った。