砂の契約に一滴を

砂漠の水先案内人ジルガは、喉へ青い呪印を刻まれていた。

 蜥蜴獣人だけが聞ける地下水の音を、隊商主マグナの命令でしか口にできない印だ。

「水はどこだ」

 七日目の夕暮れ、マグナが問う。

 ジルガの喉が勝手に震えた。しかし乾き切った声は方角になる前に途切れる。隊商の水袋は、あと一つしかない。

「役立たずめ。答えるまで締める」

 マグナが所有札を捻ると、青い印が首を絞めた。

 地図師ハルヴァは最後の水袋を手に取り、ジルガの前へ膝をついた。

「その水は商品だ!」

「だから、最も価値のある場所へ使う」

 ハルヴァは水を飲ませず、青い呪印へ一滴だけ垂らした。

 マグナが笑う。

「水で消える印なら苦労はせん」

「普通の水ならね」

 水袋には、六日前にジルガが黙って指した岩陰の湧き水が残されていた。

 所有契約は「主人だけが水脈を知る」という虚偽を土台にしている。けれど、その一滴はジルガ自身が見つけ、誰の命令もなくハルヴァへ教えた水だ。

 契約の前提が、青い線の上で崩れた。

 呪印は乾いた泥のようにひび割れ、鱗から剥がれ落ちる。マグナが所有札へ新しい名を書こうとしたが、ハルヴァは地図用の小刀で札を真二つにした。

「私の名を書く欄はない」

「こいつがいなければ全員干上がるぞ!」

「だからこそ、案内するかどうかは彼が決める」

 ハルヴァは残りの水袋と地図をジルガへ渡した。

「北へ行けば自由都市だ。ここへ戻る義務はない」

 ジルガは砂丘の向こうへ歩き去った。

 夜が来る。隊商の誰も、次の一歩を決められない。マグナの罵声だけが乾いた風へ消えた。

 やがて遠くで、杖が砂を打つ音がした。

 ジルガが戻ってきた。背後には、月明かりを映す細い水の流れがある。

「命令は聞かない」

「もちろん」

「代金も、道も、休む日も、私が決める」

「契約書へ書こう」

 ジルガは首を横へ振り、まずハルヴァの空の水袋を満たした。

「最初の一度は、信頼で案内する」

 隊商の者たちも、初めて命令ではなく頼みとして彼へ頭を下げる。

 砂へ落ちた青い呪印の欠片を、小さな流れが跡形もなく洗い去った。